Misson 05 -ICKX攻撃ミッション-


[8 Hours ago]


「R−10Eの飛行中隊が2個、IKX−27が―――」

とある都市の超高層ホテルの一室。たった一拍するだけで数十万もの金が掛かる、選ばれた人間だけが宿泊可能なVIP専用ルーム。
ブラインドの隙間から漏れる月明かりに照らされて映るのは、向かい合って座る2人の男女。そしてそれぞれの後ろに控える、屈強な男達の姿。
豪奢なソファに座った男の方が、急襲機の名称と金額が羅列されたリストを声に出して確認していく。女性は黙って紅茶を嗜み、その様子を眺めていた。

「―――OK、確認した。全てこちらの要望通りだ。流石に早いな。まさかこれだけの兵器をこんな短時間で用意できるとは………」

男はリストをガラステーブルの上に投げ出し、目の前の女性に視線を移す。女性の方は紅茶を飲み終え、空になったカップをソーサーへと戻した。
そのカップを見て、男は眉をひそめる。

「………よくもまぁ、あんなゲル化した紅茶を飲めるものだな………」

ポツリと、男は女性に聞こえるか聞こえないかの大きさで声を落とす。
女性が飲んでいたのはただの紅茶ではない。女性は自身に用意された最高級の紅茶に対して、実に9ツもの角砂糖を投入、その風味を完全に殺したのだった。
男は自ら用意した紅茶の値段を思い出す。それはこのホテルの、自分達がいるフロアと1ツ下のフロアを全て貸切るのに掛かった金額に比べれば、とるに足らないものではあった。しかし紅茶としてはその値段は実に常識外れで、故に最高の味を楽しめるはずだったのだが、女性はものの見事にそれを台無しにしてしまった。
最高の茶葉を最高の方法で淹れたのは、男の左後方で直立している側近の1人だった。彼は紅茶に対してかなりの拘りと情熱を持っており、故に女性が彼の淹れた紅茶をただの砂糖水にしてしまった時には、男は彼が女性を殴り倒したりしないだろうかと内心ヒヤヒヤしていた。

男はカップから再び女性へと視線を戻す。
―――意外だった。この大企業のCEOが壊滅的な味覚の持ち主であることにも驚いたが、それ以上に、こんなにも若く―――そして美しいとは思わなかった。
零れ落ちる月明かりに照らされるのは、金色の流れる絹糸。暗闇に浮かび上がるのは、人形のように整った表情。
もしも街でこんな女性を見かけたなら、男は即座に声をかけていただろうと思う。女性経験は寧ろ多い男だったが、目の前の女性はそれらを遥かに凌駕していた。

「それにしても不思議だ。貴女のような麗しいご令嬢が、どうしてこんな血生臭い商売なんかを?」

わざと不躾な質問をする男に対し、女性は何も答えない。ただ少しだけ微笑んで、小首を傾げるのみ。その仕草は世の全ての男を魅了しかねない。
彼女の為になら、命をも投げ捨てられる―――そんな気持ちにさせる、純粋ながらも魔性を孕んだ笑みだ。
だが、騙されてはならない。自分が見惚れていることに辛うじて気が付いた男は、この目の前の人物に対して再び警戒心を築いた。
まるで少女のようなあどけなささえ残る彼女だが、見た目に引きずられてはならない。その実態は世界でも有数の大企業を統括する人間だ。

そもそもこのホテルを商談場所として指定してきた時点で、男は女性が油断できない者だと確信していた。
自分達がいるこの場所は、この周辺で最も高い場所にある。少なくとも半径20キロ以内には、この部屋を見下ろせる場所は存在しない。
これではどんな一流スナイパーであろうとも、自分達を狙撃することなど出来ない。
さらに女性は商談場所の下に位置する、計2フロアを全て確保するように指示してきた。これはもちろん、爆弾対策だ。
屋上にはヘリが待機し、万一放火され逃げ道を塞がれたとしても脱出できるようになっている。
そして人一倍安全に敏感なこの男をしてやりすぎだと思わせたのは、この部屋の明かりだった。
商談場所であるこの部屋は、女性の指示によってほぼ全ての照明が消されている。
男がその理由を尋ねると、女性は暗闇に目を慣れさせておくためだと答えた。
人間は明順応よりも暗順応の方が遥かに遅い。唐突にそれまであった光を失うと、人間の視力は一気にガタ落ちする。
もしも何者かの襲撃によって電気系統がやられて光を失っても、最初から暗闇の中にいればずっと素早く行動ができる、というのが女性の回答だった。

「……………」

何気なく、男はテーブルに投げ出したリストをもう一度見た。
この女は喰えない。もしかしたら―――もしかしたらだが、このリストにも何らかの意図が介入されているかもしれない。
男は疑いの目で向かい側に座る若き社長を見やるが、彼女はそんな男の態度にさえ気が付いていないかのように振舞う。
―――フッっと、男は短く息を吐いた。それは考えたところで仕方のないことだからだ。もうここにいる必要はない。

「………では、こちらはこれで退席させてもらうとしよう」

男がソファから体を起こし、テーブルから離れた。素早く側近が反応し、男をガードする位置へ移動する。
男は偶然、そう、ほとんど無意識的に、まるで別れを惜しむかのように女性の方へと視線をやった。





―――だからこそ目にしてしまった。彼女の瑞々しい肢体が、無残に砕け散るその瞬間を。





最初に男が認識したのは、彼女の上半身が消えてなくなる光景だった。
その次にガラスが砕ける音。高速で飛来した物体が部屋を貫きどこかの壁に突き刺さる音。
そして衝撃だった。

「―――ッ!?」

とっさに男は降りかかるガラスから身を守る。防刃・防弾スーツの表面を薙ぎながら、砕けたガラスが男を通過する。
衝撃が止む前に男は壁際へと飛ぶように後退する。自らの経験が体を動かした。男は射線を確認。向かって左の窓ガラスが砕け散っていた。

「狙撃かッ!?」

側近達が男の傍へと駆け寄ってくる。男は床に寝そべって思考していた。
彼の目の前でガラスの破片が踊っていた。その破片を見た男は、改めてこれがただのガラスでなかったことを実感する。
それは厚さ50ミリの防弾ガラスだった。アサルトライフルを至近距離で撃っても貫通することのない、最高級防弾ガラス。
それが、たった一発で見事に破壊された。このことから想定されるのは、襲撃者が使用したのはただの狙撃銃ではない。

―――アンチマテリアル・ライフル。歩兵が単独で戦車を無力化するために作られた、人間が扱える中では最強のライフル。
自分達は今、戦車の装甲を貫くその化物銃で狙われている。しかも襲撃者はブラインド越しに正確に女性を撃ってきた。
何らかの不可視的な索敵手段に加えて、相当の精密射撃スキルを持つ刺客と見て間違いない。

そして、この場にいる重要人物はあと1人―――自分だ。男は恐怖する。
男は目を閉じ、最後の瞬間を待った。相手が悪すぎる。反射的に後退してはみたものの、どう考えてもここは射線上にある。今からではどこにも逃げられない。
唯一の救いがあるとすれば、全く苦しまずに死ねるということか。初撃をもろに受けた女性は恐らく自分が撃たれたことさえ気付かずに死んだはずだ。
それほどまでの完璧すぎる破壊。何れ自分は殺されるだろうと思っていたが、これほど楽に死なせてもらえるとは思わなかった。男は場違いな感謝を襲撃者へ奉げた。
が―――

「……………?」

男は不審に思い、思わず頭を上げた。―――撃ってこない?
駆け寄った側近によってすぐさま頭を下げられるが、男は側近の制止を無視して再び頭を、そして体を起こす。
襲撃者から見ればまさに絶好の的のはずだが、一向に撃ってくる気配が無い。届いたのは、かすかに残った銃声のみ。

「どういうことだ?」

砕けた窓ガラスを見つめながら、男は疑問を口にする。まだこうして生きているということは―――自分はターゲットではない?
安易な結論。だが男はそんなことよりも、ずるずると首を持ち上げてきた新たな疑問に意識を奪われていた。

「一体、何処からどうやって狙撃したというんだ―――?」

超高層ホテルの最上階。
周りにこれ以上高い場所が無いこの状況で、どうやって防弾ガラスを砕くような大型ライフルを、しかも正確に撃つことができたのだろうか。
男は視線を下へと向けた。背の低いビルならいくらでもあるが、角度的に不可能だ。そもそも仰角で精密狙撃をするなど、セオリーに反している。

―――なら、空から?

今度は夜の街並みを見上げる。対テロ戦術の1ツに、スナイパーがホバリングするヘリから狙撃を行うというものがある。
しかしそんなものは何処にも見当たらない。いや、そもそも武装したヘリがこの空域を無許可で飛べば、即撃墜されているはずだ。

これほど気味の悪い事は無い。狙撃の方法が皆目見当がつかない。こんなことは、長年この世界にいて初めてだった。
明らかに人間技ではない所業。空の孤島とでも言うべきこの超高層ホテルを、その最強の防弾ガラスを貫き狙撃する技術。
そんな方法など全く思い浮かばない。途方に暮れて、男は再び空を見上げた。





―――男には見える筈もなかった。その漆黒の空を駆け抜けていく、1機の急襲機の存在など―――

































[BRIEFING]


「………で、わざわざ飛行禁止空域を飛んでまで敢行したICKX代表暗殺ミッションは、ものの見事に大失敗だったということですね」

飛行空母デウス・エクス・マキナ。N&R社が保有する唯一にして最強の機動戦術空中拠点。
音声合成ソフトによって作られたドロレスの無機質な声が、その飛行空母のハンガー内から発せられる。その声には、若干の冷気が篭っていた。

「私に言われても困るな。文句なら、またガセ情報を掴まされて意気揚揚としていた本社の馬鹿情報部に言ってやってくれ。というか既に私が言った」

ドロレスとアランの溜息が同調する。
漆黒のレーダー波吸収塗料をクリーニングロボットがこそげ落とす様子を見て、ドロレスはこれに掛かった費用も全て無駄になったのかと感慨にふけった。

武装した急襲機は、都市上空およびその周辺の空域を飛ぶことが禁止されている。この地球上の数少ない安全地帯だ。
もしも無許可でその空域を飛んだ際は、警告無しで即撃墜されることになっている。
今回の任務でその空域を飛ぶことになった際、都市に設置された高性能レーダーを欺くために、ノーバディにレーダー波を吸収する特殊な塗料が塗られた。
この塗料は空母のステルス・クラウドの原型となったものであり、現代に存在するあらゆる電磁波利用式レーダーに映らなくなる効果がある。
これを急襲機に塗るだけでその機体は完全にレーダーから姿を消すことができる。全ての機体を最強のステルス機へと進化させる、N&R社が有する最高のステルス兵器だ。
が、そのコストパフォーマンスは恐ろしく悪い。
そもそも塗料自体がダイヤモンドでも混ぜているのかと思うぐらいにバカ高い上に、この塗料は24時間で劣化し使い物にならなくなる。
故に毎度の戦闘で使う訳にもいかず、こうした暗殺ミッションなどの特殊な場合にのみ使われる、いわばN&R社の奥の手とでも言うべき代物なのである。

「ですが、結局私たちは無駄に散財しただけで終わったということですか………」

ノーバディから取り外された長距離精密狙撃ユニット『シモ・ヘイヘ』が運ばれていく。
この後シモ・ヘイヘは一度分解され、バレルの部分は即座に廃棄されることになる。暗殺に使った弾丸にはライフリングの痕跡が残っているからだ。
いつもの非合法ミッションなら証拠が残らないように炸裂徹甲弾を使うのだが、今回は精度重視のため普通の徹甲弾を使ったので、弾丸が回収されてしまっている。
弾丸に残ったライフリング痕は言い逃れのできない証拠になり得るのだ。

「しかしドロレス、お前もお前だ。狙撃にはサーモを使っていたはずだろう。ターゲットが偽物だと気が付かなかったのか?」
「それに関しては完全にICKXの勝利を認めざるを得ません。私自身、撃ってみるまでそれが人間だと思っていました」
「………3日前の熱がまだ冷めやらぬ内から、この大ニュースだ。世間は大騒ぎになっているぞ」

―――今から3日前。
N&R社はICKXのラバーズが単独航行するという情報を掴み、ドロレス達ゴースト部隊に攻撃を指示した。
しかしそれは失敗に終わる。N&R社が掴んだ情報は、実はICKXが敵対企業を陥れるための罠だったのだ。

「お前も知っての通り、ICKXによって3ツの企業が訴えられた。先日の罠に引っかかり、急襲機をドライバーごと鹵獲されてしまった奴らだろう」

他のPMCからの妨害行為を訴えるのは容易ではない。昨今の技術力の向上により、いくらでも証拠が捏造できてしまうためだ。
唯一決定的な証拠と言えば、違法行為を行った兵士及び兵器を鹵獲すること。それは想像以上に難しく、これまで法的な闘争で勝った事例は数えるほどしかなかった。
が、今回のICKXの作戦は、その歴史を大きく覆した。
たった1日で3ツものPMCが訴えられたという事実は、これまでの常識を遥かに超えている。しかもドライバーを生きたまま拘束している以上、勝訴はほぼ確実だ。
辛うじてN&R社は無人機を使っていたために鹵獲されることを免れたものの、
もしも他の戦術空戦部門の有人部隊が出撃していれば、今頃は3社のPMCと同じ運命を辿っていたに違いない。

「それで、ICKXにまんまと嵌められた本社は憤慨して『ICKX代表暗殺計画』なんて作戦を即席で立案、実行させた訳ですか………」

偽情報を掴まされて顔に泥を塗る形となったN&R社の情報収集解析部門は、汚名返上とばかりにこの作戦を立案してきた。
本社の参謀本部はこれを受け、ゴースト部隊に―――ドロレスに作戦遂行を指示した。
しかし結果としては、情報部は汚名を返上するばかりか寧ろ挽回してしまうこととなった。

「ま、今回ばかりは同情する点もあるにはあるがな。流石はICKX、敵ながら見事だ」
「ICKX………一体、彼らの技術はどれほどの高みにあるのでしょうか」

ドロレスのターゲットとなったのは、『フルト』と言う名の一人の女性だった。
世界有数の大企業たるICKXで最高経営責任者という肩書を持つ、今やその名を知らない者などいないとまで言われる超有名人だ。
しかし彼女は防犯上の理由からか、滅多に公の場に姿を現すことがない。ターゲット確認のための顔写真の入手さえ苦労するほどの身の隠しようだった。
そんな彼女が、兵器売買の契約のために姿を現した。N&R社はその瞬間を見逃さず、ドロレスにフルトを暗殺させたのだった―――が。

「確かにICKXがアンドロイドを開発したという情報は入手していた。だが、まさか影武者として使えるレベルだとは誰も思わなかった」

ドロレスが撃ち抜いた人間は、フルトではなかった。いや、そもそも人間ですらなかった。
―――アンドロイド。人間に限りなく近い容姿を持った、機械仕掛けの人形。ICKXが近年開発に成功した、ロボット工学の結晶とでも言うべき代物だ。
急襲機用狙撃銃シモ・ヘイヘから発射された13.41ミリの徹甲弾が貫いたのは、フルトではなくフルトそっくりに作られたロボットだったのだ。

「おかげで世界中のニュース番組が暫くネタに困らないだろう。
 ICKX代表が狙われた暗殺事件、しかしICKXは時代の最先端をゆく技術を持ってしてその危機を回避した。
 本社はわざわざ宣伝費を払ってまで、ICKXの技術力を世に広めてしまった訳だ」

まるで他人事のように話すアランだったが、その声色には若干の悔しさが滲んでいた。
フルトを暗殺できなかったからではない。自身が所属する企業をコケにされたからでもない。
アランのプライドを傷つけたのは、自身の想像を凌駕するICKXの技術力だった。

「だが、我々もこのまま引き下がる訳にはいかない。ICKXの連中は今頃天狗になっているだろう。…………その鼻、叩き折ってやろうじゃないか」
「と、言いますと?」
「情報によると―――ああ、安心しろ。この情報はきちんと信用できるものだ。
 それによると、ICKXのPDF、つまりフォートクォートを含む大艦隊は未だに海上にいるようだ」

ノーバディのサーバーにブリーフィングデータが送られてきた。
フォートクォート、そして5隻のラバーズの空中艦隊がそこに映し出されていた。

「この作戦は3日前から私が立案していたものだ。先のICKX代表暗殺ミッションのせいで先送りにされていたが、
 その作戦が失敗したことによって本作戦の実行許可が下りた。PDFの正確な位置情報が分かっている今、この機を逃す手は無い」
「………まさか」
「そう、そのまさかだ。………我々は、PDFに一大攻勢を仕掛ける」
「ほ、本気ですか!?」

ドロレスがアランの言葉に驚く。
3日前、ドロレスはアランの制止を無視してICKXと交戦した。だからこそ分かる。
ICKXは恐ろしい敵だ。いくら自分達がN&R社でも精鋭と位置づけられる部隊だとしても、はたして勝算は怪しいものだった

「無論、本気だとも。だが私達の真の狙いはフォートクォートではない」
「………?」
「我々の最優先ターゲット。それは、第2次エイリアン大戦で生まれた2人目の英雄―――」
「………Y1、ですか!?」
「その通りだ。『R−S2O Y1』。私達は、このICKX最強の機体を―――Y1を奪い取る!」

Y1』。
ICKX最強の―――そして、世界最強の急襲機。
前進翼後退翼の両方の特徴を併せ持つ特殊な主翼、どの航空機にも勝る高度なアビオニクス。そしてY1にのみ許された特殊機動、ACSとRCS。
単純な空力制御ならまだしも、この2ツの機動を持つY1には如何にノーバディといえど運動性能で劣ることを認めるしかない。
その戦果は華々しいもので、第2次エイリアン大戦での功績は計り知れない。
そしてその伝説は陰りを見せることはなく、今なお全てのドライバー達にとって尊敬と畏怖の対象とされる存在だ。

「……………勝てるのですか?」
「いや無理だ」
「え?」
「『今現在の』ノーバディのスペックはY1に僅かながら劣る。しかもY1には随伴する3機の無人機がいる。
 極めつけはフォートクォートからの艦砲射撃だ。Y1だけならともかく、Y1を含めたPDFに真正面からぶつかれば、即撃墜されるのがオチだろう」

あまりにも絶望的な予想結果を、あっけらかんとアランは言ってみせた。そのあまりの気楽さに、ドロレスは反応が追い付かなかった。

「ええと………では、私は何のために出撃するのですか?」
「さっきも言っただろう。お前の任務は『Y1の鹵獲』だ」
「……………話が見えないのですが」
「ま、順を追って説明する。まずはこれを見てくれ」

ブリーフィングデータ上のPDF艦隊、そのはるか上空に巨大な影が映し出される。
平べったい、まるでエイのような形だ。表示された識別は味方機。もちろん所属名はN&R社だ。

「今回の作戦は私達ゴースト部隊だけで完遂するのは無理だ。そこで他の部隊に支援を頼んだ。
 我が社の戦略空戦部門より、空雷爆撃機トール』が出撃する。こいつはラバーズを改造して造った戦略爆撃機だ。
 今回、我々はPDFの大艦隊を相手にする訳だが、いかに小回りが利く急襲機と言えどそれだけであのラバーズ群を相手にするのは辛い。
 そこで先の空雷爆撃機の支援爆撃を使いながら、奴らの連携を切り崩していく戦術をとることになった」
「『空雷』と言うと、たしか………」
「空中爆雷、つまり『ミョルニル』のことだな。いわば航空使用の爆雷と考えていいだろう。
 ポイントに向けて大量の爆雷を一度に投下、起爆することにより、広範囲の空域を攻撃することができる兵器だ」

雷神の名を冠する空雷爆撃機『トール』。
現代において現存するエイリアンの空中戦艦ラバーズは、その数が非常に少ない。
元からの絶対数が限られていることも要因ではあるが、ラバーズの制御中枢の掌握成功率、人間が撃墜したことによる損傷など、実際まともに動くかどうかも加味された場合、ほとんどのラバーズは使い物にならないのだ。
そういった使えないラバーズは大抵は破棄されるか、若しくは先日のICKXの時のように使い捨てにされる。動かない兵器に意味などない。
兵器として運用可能なラバーズは、全てのPMCにとって貴重品なのだ。故に全てのPMCが、その貴重な戦力を最高に生かす方法を模索している。
つまりPMCが保有するラバーズは十中八九、なんらかのカスタマイズがなされていることになる。ICKX然り、ツヴィリング・ドラッヘン然り。
それはN&R社にとっても例外ではなかった。N&R社が保有するラバーズは3ツ。
その中でも兵器搭載能力を特化させた、戦略爆撃機使用の改造ラバーズが『トール』と呼称されるに至ったのだった。

「しかしトールは高高度を飛行していることに加え、厚い雨雲のせいで目標を自ら選定することができない。
 そこでドロレス、お前にマーキングミサイルを任せる。こいつは一種の信号弾のようなものだ。
 これを発射、任意のポイントで作動させることにより、信号がトールに向けて発信される
 信号を受け取ったトールは目標地点に向けて空雷爆撃を開始、一定の空間を攻撃する。これをPDFの艦隊が集まっている所に使うことで………」

ブリーフィングデータ上のCGが動いた。フォートクォートとラバーズが集まっている地点目掛けて、トールから空雷が投下される。

「PDFの艦隊、及びその周辺を一度に攻撃する。
 さすがに空雷でラバーズを墜とすことはできないが、無傷という訳にもいかないはずだ。
 そしてその周辺を飛び交う急襲機にとっては、広範囲を爆破する空雷はたまったものではないだろう。
 一点に集まっていた艦隊は焦り、密集体勢を解いて散開する」

空雷による攻撃を受けたデータ上のPDF艦隊が、フォートクォートを中心に円状へと広がった。

「これで艦隊の脅威は半減するはずだ。ラバーズの兵装は近接ビームガンのため、フォートクォート周辺で戦う限りはそれほど問題ではない。
 もしもラバーズがフォートクォートを援護しようと近寄ってきたら、空雷で牽制してやればいい。
 そうやって艦隊にダメージを与え続ければ、ICKXは切り札を―――Y1を出さざるを得なくなるだろう」

CGのフォートクォートから1機の急襲機が出てきた。最重要ターゲットとマークされたそれが、今回の目標であるY1だ。

「なるほど。ICKXの艦隊そのものを攻撃することによってY1を誘き出す作戦ですね。
 ですがアラン。先程あなたが言っていたように、私ではY1を撃墜することはできないのでしょう。それはどうするつもりですか?」
「誰が『撃墜しろ』だなんて言った。私は『鹵獲しろ』と言ったんだぞ」
「……………?」
「察しが悪いな、ドロレス。お前のその演算処理装置は何のために付いているんだ?」
「機体制御のためですが。後は……………あ」
「やっと気が付いたようだな」
「………そういうことですか」

言われてからドロレスは思い出した。
ドロレスが持つ能力は、何も機体制御だけではない。AIであるが故に手に入れた、2次的でありながらも人間を遥かに超越した特殊技能。

「ハッキング………ですね」
「その通りだ。今回の私達の目的は艦隊の撃滅ではない。
 狙いはあくまでY1ただ1機のみ。お前の役割は、Y1のアビオニクスに侵入、機体制御を乗っ取ってY1そのもの手に入れることだ」

ドロレスは、自身がこの任務に参加する本当の意味を知った。
この任務は超高度なハッキングAIでもあるドロレスだからこその任務だ。
現状、Y1は最強の急襲機の1ツと考えて間違いない。そんなY1を物理的に破壊するなど到底現実的ではない。
ならば。ハードが駄目ならソフトから攻める。今回の任務は、物理的な破壊ではなく電子的な破壊を目的としたものだ。
ノーバディとY1ならば実力はほぼ互角、しかし戦略的な状況を見てみると明らかにY1の方が有利だ。
だが、ドロレスとY1のコンピューターなら。世界最高水準の域に達するドロレスならば、まず負けることはないだろう。

「Y1を誘き出した後も、お前はY1を相手に戦闘を続けろ。戦局を停滞させるな。
 そうすることによってY1はデータリンクによって艦隊と連携、常に通信を続けるだろう。
 その通信をユリックが解析、セキュティホールを探る。ホールが見つかれば、そこを足掛かりにY1へのハッキングを行う算段だ」
「とにかく私は戦い続ければ良いのですね」
「その通りだ。そしてそのための戦力も、今回は十分に用意することができた」
「ゴースト部隊の出撃機数のことですね。それで、何機が出撃するのですか?」
「本社からは『稼動する機体は全て出撃させろ』とのことだ」
「―――そ、総出撃ですか!?」

ゴースト部隊、全機出撃。そんなことは今までに一度たりとも無かったことだ。
全機が無人機で構成されたゴースト部隊はその単価が有人機より高価であり、故にこんな大規模な作戦を任されることは非常に珍しい。
更に戦略空戦部門がたった1機だけ保有する空雷爆撃機が出撃することからも、この作戦に対するN&R社の本気度が窺える。

「この作戦によって、我が社は一気にICKXの戦力を削ぐつもりだ。当然の戦力だと言えるだろう」
「ですが、ゴースト部隊が全機出撃となると………ユリックでコントロールしきれるのですか?」
「もちろん全機を常時個別に操るのは無理だ。しかしゴースト部隊には大規模交戦を想定した編隊飛行プログラムがある。
 無人機を何機かでまとめてユニット単位で操作する方式で、危なくなった時はそのユニットを解体し個別に操る。
 そもそもゴースト部隊は元来、人間には真似することのできないコンビネーションプレーを得意とする。こういった大規模交戦は寧ろ得意分野なんだ」

ゴースト部隊の開発コンセプトは、有人機を超える無人機の開発だ。
それはつまり、人間の弱点を克服すること。無人機は機体から人間を排除することによって、人間に成せない技を成すことを目的としている。
同じ無人機であるドロレスとノーバディは人間の肉体的限界の克服を目的としているが、ゴースト部隊の場合は、人間のコミュニケーション能力の超越を目的とする。
人間とは、突き詰めれば独りで動く存在だ。哲学的な意味ではない。人間は情報伝達に根本的な問題があり、個々人がまとまった『群』としての行動は完璧ではない。
群ではなく個として動く人間は、どれほど訓練を重ねても必ずそのコンビネーションにズレが生じてしまう。それは紙一重の戦闘では致命的だ。

だが、ゴースト部隊は違う。
たった1ツのAIによって全機が統率されるゴースト部隊ならば、完璧な―――それこそコンマ1秒以下で合わせたコンビネーションプレーが可能だ。
そしてその真価は、今回のような敵味方多数の急襲機が入り乱れる大規模交戦でこそ発揮される。
最終的に1対1の戦闘になりやすい空中戦であっても、ゴースト部隊は常に1対多の状況に持ち込むことができるのだ。
その戦術機動の幅は有人機のそれを超えている。発展途上と言われるゴースト部隊が唯一有人機に勝る点だ。

「最近では急襲機同士での弾薬、ミサイルの空中補給を研究している。
 これは私がとある小説を読んで思いついた戦術なんだがな。戦闘中に無人機同士で物資のやりとりを行うことで、戦闘持続時間がはるかに延びる。
 今はまだ幾つもの問題があって実験もままならない状況だが、将来的には実現させるつもりだ」

嬉々としてアランが説明するが、ドロレスにとっては至極どうでもいい話だった。
ドロレスの関心は既に、ICKXに―――フォート・クォートに向けられていた。
この間は完全にこちらの負けだった。ノーバディの片翼をもぎ取られた上に、ICKXの急襲機に散々追い回された屈辱は今でも忘れていない。
だが、今回は違う。今回はこれまでに無いほどの十分な戦力が揃っている。

―――今度は、負けない。

「さて、ではそろそろ準備を始めるとしよう。ノーバディの機体状況はどうだ?」
「何も問題はありません。暗殺任務用の特殊兵装も既に取り払いました。後は、兵装と燃料を補給するだけです」
「よし。ではゴースト部隊の方も始めるとしよう。何せこの数だ。出撃時間に間に合うように手際よくやるとしよう」
「―――アラン」
「うん?」
「勝ちましょう」
「……………ああ、もちろんだ」











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