Misson 08 -プログラム入手ミッション-

[BRIEFING]


「ドロレス。出撃前だが、もう一度だけ任務内容を確認しておこう」

飛行空母デウス・エクス・マキナのハンガー内。
先のICKXとの戦闘によって大半の無人機を失ったゴースト部隊は未だに完璧な補充がされていない。ちらほらと機体の姿はあるが、殺風景なのは相変わらずだった。その広々とした空間を唯一帰還した自律型無人急襲機、ノーバディがドリーに牽かれて横切っていく。

「またですか? もうこれで3回目になりますが………」
「念には念をだ。今回のミッションはこれまで以上に何が起きるかわからない。実際のロケットの発射だってそうだろう? たとえ形式だとしても、そういった習わしは見習おうじゃないか」

そういうものですか、とドロレスは気の抜けた返事を返す。
限りなく人間の脳に近い構造を持つドロレスにも、その弊害として一応は「ド忘れ」という機能が備わっている。
が、同時に高性能なコンピューターでもあるドロレスには「検索」という手段もある。
故にここまでしつこくブリーフィングを繰り返す必要も無いはずだ。

「要はソランド・カタパルトを完成させるためのプログラムを探しに行く―――
 たったそれだけの任務ではないのですか」
「それだけって………簡単に言ってくれるなぁドロレス。
 そもそもお前、ソランド・カタパルトが何なのかきちんと理解しているのか?」
「ソランド博士が提唱した、エイリアンが地球に襲来する際に使ったとされる一連の超高速移動装置のことですよね」
「その通りだ。正式名称は別にあるんだが、長ったらしいために通称はソランド・カタパルトと呼ばれている。このカタパルトは一個の装置ではなく、お前の言ったように超高速移動に関わる全ての装置、もしくはそれらが生み出す『事象』を指している」
「その装置と云うのが、ノーバディに搭載されているリアリティハック・コンピューターとリアリティ・ジェネレーターですね」

ドロレスは自らの知識とデータベースの資料を照らし合わせながらそう言った。
第1次エイリアン大戦時。エイリアンは巨大な空中戦艦や基地を引き連れて『突如として』現れた。人類がエイリアンの襲来を察知できなかったのは、エイリアンが未知の移動手段を備えていたからに違いないとされた。そして、破壊されたエイリアンの基地から回収された、その未知の移動手段の手がかりになるとされた装置。
それがリアリティハック・コンピューターとリアリティ・ジェネレーターだった。

「この2ツの装置は、その名の通り『現実に侵入』して『現実を書き換える』装置だ。
 リアリティハック・コンピューターは現実世界そのものを情報として解析・改竄し、リアリティ・ジェネレーターが情報を現実へ出力する」

ソランド・カタパルトは空間の性質そのものを改竄し、光をも超える速度で移動する。
しかしそれはリアリティハック・コンピューターの機能の一部でしかない。
その神髄は世界を創り変えることにある。まさしく神の力だった。

「これら2ツの装置が発見された当時、世界は衝撃に包まれた。当然だろう。現実世界を意のままに弄繰り回すことのできる、まさに夢のような装置だからな。
 ……………だが、その夢はあっけなく壊されることとなった」
「この2ツの装置だけでは『足りなかった』のですね」
「ああ。『ハード』は揃っていた。だが、ハードを動かすための『ソフト』が欠けていたんだ」

人類が手に入れた2ツの装置。しかしそれは、不完全な代物だったのだ。
ソフトが無い空っぽのパソコンが何の役にも立たないように、このリアリティハック・コンピューターもまた空っぽの役立たずだったのだ。
現実を書き換えるための『プログラム』。情報を編集するため『エディタ』。情報を意図したモノへと改変するための『コード』。
リアリティハック・コンピューターには、その心臓部分たる重要なソフトウェアのほぼ全てが抜け落ちていたのだった。

「もちろん人類はすぐに諦めた訳ではなかった。神にも等しい力がすぐそこにあるんだからな。
 プログラムを作る努力もした。エイリアンの遺物が見つけ出そうともした。……………だが、作れなかった。見つからなかった」

それらの努力は現在でも続いている。しかし状況は絶望的だった。
そもそも人類は2ツの装置の原理すら全く把握していない。複製もできず、未だに他のチャリオットやラバーズのように遺物を回収するほかない。ましてや装置を動かすためのプログラムを一から作成することなど不可能だ。プログラム作成の手がかりさえ無い。プログラム自体を回収する試みもあるが、これまで回収された装置の中には何故かデータが無く、今後とも発見される見通しはなかった。
夢の装置は、本当に夢のままで終わってしまったのだった。

「だがなドロレス。たった1ヵ所だけ、人類が探し忘れた場所があるんだ。
今回、お前に与える任務はただ1ツ。忘却の彼方にあるその場所へ行き、リアリティハック・プログラム―――正確にはスフィアハック・プログラムを入手することだ」

『スフィアハック・プログラム』。
現実世界を歪めることのできる神の道具、リアリティハック・コンピューター専用のプログラムだ。
リアリティハック・コンピューターは現実世界の情報を書き換えることができる。しかし現実情報はむやみやたらに書き換えられるものではない。
現実情報はリアリティハック・コンピューターによって展開された後に、専用のエディタ―――リアリティハック・プログラムで書き換えなければならない。
そして今回ドロレスの入手するプログラムは、ソランド・カタパルトに利用される超高速空間移動用プログラム、通称スフィアハック・プログラムだ。

「一応は私たちもスフィアハック・プログラムを持ってはいますが、それでは事足りないのですよね?」
「その通りだ。私が独自に手に入れたスフィアハック・プログラムは不完全なものだ。
 演算に時間が掛り過ぎるし、何より精度が粗く安全性に問題がある。
 来たるべき戦闘に備えて、ノーバディには完全なソランド・カタパルトを用意する必要がある」

当のプログラムは、実は無い訳ではない。アランはスフィアハック・プログラムを既に入手していた。アランが作成したものではない。リアリティハック・プログラムは現状、人類の技術では作成不可能とされているからだ。
どうやってその作成不可能な筈のプログラムをアランが手に入れたかをドロレスは知らない。しかし、そのプログラムが不完全だということは知っていた。

「確かに、今の状態のソランド・カタパルトでは戦術戦闘には到底利用できませんね」
「だからこそ私達は完全なスフィアハック・プログラムを手に入れる必要がある。奴らに勝つためにもな」

奴ら。アランが言ったそれは、チェルシーと―――そしてY1のことだ。
ドロレスはアランの言葉に黙ってしまった。
チェルシーには何度も逃げられ、そしてY1には2度も煮え湯を飲まされた。
『有人機を越える無人機』を謳うノーバディとドロレスにとって、それは屈辱でしかなかった。

「現在のノーバディは奴らの急襲機と比べ、その性能に劣っている。
 しかしそれには理由がある。―――――ノーバディは、実は未完成兵器だ」

ドロレスはアランの言葉に口を挟むことなく、ただ黙って先を促した。
ドリーがノーバディを牽く音をBGMにアランは話し続ける。

「ドロレス。お前も知っての通り、ノーバディの最大の弱点はその最高速度にある。
 運動性能を追求し前進翼を採用した結果、耐久性能の低下により高速度機動はできなくなってしまった。それが本来の急襲機の在り方でもあったしな。
 そうしてノーバディは最高速度を犠牲に、特殊機動機構を持つY1を除けば急襲機最高の運動性能を手に入れた訳だ。
 しかし、その弱点を私は黙って見過ごした訳ではなかった」
「ソランド・カタパルトですね」
「そうだ。そもそも私がソランド・カタパルトをノーバディに搭載したのは、最高速度の遅いノーバディの弱点を埋めるためのものだった」

元来、ノーバディは試作機であると同時に実験機でもあるのだ。
というよりゴースト部隊そのものが技術検証を含めた実験部隊と言ってもいい。
故に部隊には、たとえば電磁カタパルト流用レールガンのような、明らかに実戦を想定されていない兵器が配備されている。
そしてノーバディに搭載されたソランド・カタパルトもまた実戦半分、実験半分の玩具のようなものだったのだ。

「そして実際、それは『戦線離脱』と云う目的で大いに役立った。私としてはそれでも十分すぎる成果だった。…………だが、ソランド・カタパルトはより大きな可能性を秘めていることに気が付いた」
「それがソランド・カタパルトの『戦術的機動』への使用―――?」
「そうだ。アイツが―――チェルシーが私達に見せたそれだ」

アランは前回作戦時の記録映像を再生した。
そこに映っているのは、チェルシーが搭乗する未知のチャリオットだ。
チャリオットは自機に迫る『糸繰り』の目の前から突如として消え―――
そして『糸繰り』の後方へと瞬時に現れた。

チェルシーは言った。ヤツがY1とまともに渡り合えたのは、ソランド・カタパルトがあったからだと」
「Y1の特殊機体制御機構。そしてチェルシーのソランド・カタパルト………」
「ヤツらの持つ『武器』はノーバディを圧倒した。持つ者と持たざる者。それが我々の敗因だ」

アランはそこで一度呼吸を置いた。

「だからこそ、我々がヤツらに勝つためには武器が必要だ。ノーバディを完成させるための欠けたピースが」
「その武器がソランド・カタパルト。そのピースが完璧なスフィア・ハックプログラム―――」
「そしてソランド・カタパルトが完成した暁には、ノーバディは漸くヤツらと対等に渡り合える。今度こそ、ヤツらに勝てる」

静かな決意を秘めた声色でアランは言った。ドロレスは何も言わなかったが、その気持ちはアランと同じだった。

「………当のプログラムは私の技術を持ってさえ作成することはできない。だが、プログラムのある場所は心当たりがある。今回お前に与える任務は、プログラムがあると思しきターゲットに潜入、プログラムの捜索だ」



―――ドリーが停止した。ノーバディが電磁カタパルトへとセットされたのだ。

「これまでそのターゲットにプログラムがある『かも』しれない可能性はあった。
 それでも私がプログラムを取りに行かなかったのは、リスクがあまりにも大きすぎるからだった」

飛行空母デウス・エクス・マキナは一度高度を下げた後、再び船首を擡げて上昇している。カタパルトを仰角にするためだ。

「そのリスクは現在でも変わらない。しかし私たちは危険を冒してでも、その可能性に縋るしかない状況となった。―――すまないドロレス。またお前を危険に晒すことになる。私にできることと言えば、ノーバディの改修ぐらいだ」

電磁カタパルトにセットされたノーバディは異様な影を落としていた。
表面に塗られた電波吸収塗料。その漆黒のベールに包まれた機体は前進翼ではない。

「今までだって十分に危険でしたよ。今更気にする必要はありません」

カナードを覆うようにして、機首から主翼までが増設された補強装甲で埋められている。
矢じりのようなデルタ形。電磁カタパルトで打ち出される際に発生するソニックブームから、機体を守るためのサボット装甲だ。

「ハハッ、言われてみればそうだ。お前にはいつも迷惑をかける。感謝しているよ、ドロレス」

ノーバディ、エンジンスタート。出力上昇。引火・爆発のリスクを考えて、通常のジェット燃料は最小限しか積んでいない。

「感謝の言葉も悪くありませんが、私としては高級天然オイルを用意していただけるとなお良いです」

大容量コンデンサー、充電完了。電磁カタパルト、予備冷却完了。

「分かった分かった。とびっきり美味いのを用意しておいてやるよ。………だからなドロレス。必ず受け取りに帰って来い」

―――発艦準備完了。射出システムオールグリーン。

「もちろんです。お土産も期待していてください」
「ああ。心から期待して待っている。―――ドロレス、発艦を許可する!」
「任せてください。ドロレス、テイクオフ!」

コンデンサーに留められていた大電流が電磁カタパルトに流れ込む。
カタパルトに押され、ノーバディが滑走を始めた。
長大なカタパルトの上でノーバディは亜音速まで加速されていく。
そして終端間際でノーバディは音速を突破。
カタパルト先端からヴェイパーコーンを纏った黒い矢じりが天に向けて発射される。
既に最大出力のエンジンとカタパルトの慣性に押され、ノーバディはぐんぐんと高度を上げていく。
本来なら機体が空中分解するような速度。しかし増設されたサボット装甲が機体を風圧から守っている。
あっという間に高度は2万フィートを超えた。到達困難な高度もカタパルトの力で余裕だった。
2万5000フィート。急襲機としては既に限界高度を超えている。高度3万、4万、5万――――
そして8万フィートまで到達した。この高度まで上がれる航空機は数えるほどしかない。
電磁カタパルトの慣性、そして低気圧化でも推進力を生み出すエンジンの力だ。
だがそろそろ限界が近い。ノーバディの加速度がどんどん落ちている。エンジン燃焼効率減少。酸素密度があまりにも低すぎる。周囲の大気圧は地上と比べ物にならないほど低い。

「ノーバディ、予定高度に到達しました。全システム、モードシフト」

通常エンジンへの燃料供給をカット。急速に出力を落としていく双発のモンスターエンジン
電力供給元をタービンから増設バッテリーに。残存電力のモニター開始。
力を失っていくエンジンの横で、唐突に巨大な円筒形の物体が炎を吐き始めた。
主翼下に直接付けられた物体。パイロンから伸びるコードがそれを制御している。
コンポジット推進薬が満載されたそれは、固体燃料ロケットだ。

「ロケット点火完了。高度、さらに上昇中」

それまで重力に縛られていた機体が、その鎖を引き千切らんとばかりに急激に加速を始めた。
空に張られた天井を突き破るため、黒い矢じりは速度を増す。第一宇宙速度突破。
ロケットはほんの20秒程度で燃え尽きた。アラン曰く、これでも『ゆっくり』燃やしたらしい。
しかしその推進力から生み出される加速度は、人間を潰すのに十分すぎるものだ。
ドロレスだからこそできる荒業だった。

ロケットエンジン、およびサボット装甲を分離」

燃え尽きて空になったエンジンが切り離された。
続いてサボット装甲内の小さな炸薬が破裂。空気を切り裂く刃はもう必要ない。
矢じりの形が崩れ、ノーバディ本来の機影が現れた。

イオンエンジン起動。機体姿勢、問題ありません」

主翼背面や翼端に設置されたイオンエンジンが稼働し始めた。
胴体部分に組み込まれたジャイロと併せて姿勢制御を司る。

「ノーバディ、周回軌道に乗りました。打ち上げ成功です」

カタパルト射出からここまで約1分。普通なら考えられない早さだ。
現在の速度は秒速7キロメートル。地上ならマッハ20を超えている。

―――――ノーバディは今、宇宙を走っている。

『了解。気分はどうだ、ドロレス?』
「地球は青いヴェールをまとった花嫁のようです」

無限に広がる闇の空間。無数の光輝く星々で埋め尽くされたキャンバス。
そして、かつて人類が守り抜いた蒼星が浮かぶ光景。
だがドロレスに感動は無かった。あるとすればそれは感慨だ。
この光景は既に一度見たことがある。

『ターゲット接触まで残り20分。軌道修正の必要はない』
「分かりました。それではバッテリー節約のために一度通信を切ります」
『しばらくはのんびり遊覧飛行だな。もしも神様を見つけたら後で教えてくれ』

最後の台詞には返事をすることなく、ドロレスは通信を切断した。
空気の無いこの場所ではタービンを回して発電することができない。
電力消費を最小限に抑える必要があるのだ。
ドロレスは軌道周回用のオートパイロットプログラムを起動。
全システム、省電力モード。ドロレス自身もまどろみの中に落ちていく。
思考を極力抑える。まるで眠りにつくかのようだ。


―――もしも今、ここで眠ることができたなら。

―――また夢の中であの人に逢えるでしょうか。



青い光を放ちながら、漆黒の急襲機は飛んでいく―――