Misson 00 -プロローグ-

終焉を迎えた物語に、それ以上の息吹は許されない。

―――それは節理。

死を迎えた生命に、それ以上の刹那は許されない。

―――それは法則。


終焉の無い物語に物語はなく。死の無い生命に生命はない。

たとえその終焉に納得できなくても。たとえその死を認められなくても。

それはヒトの勝手な想いであり。その死を、その終焉を覆すことは許されない。


もしも物語が次の一呼吸をしたのなら、それは歪な後付けに過ぎない。

もしも生命が次の瞬間を垣間見たのなら、それは邪な幻想に過ぎない。


本棚に収められた書画に、筆を加えてはならない。

墓に葬られた死者を、揺り起こしてはならない。

冒涜であり禁忌。それを侵す権利は何者にも許されず。

唯一、その世界を最初に夢見た者にのみ許される。


―――故に。

ここに息衝くのは、物語でない物語。そこに瞬くのは、生命でない生命。

終焉に納得できず。死を認められず。

そうして紡がれた1ツの世界。

終焉を捻じ曲げて。死を拒絶して。

そうして零れ落ちた1ツの世界。




役者は舞台を降りました。舞台には誰も残っていません。

―――去りゆく観客、静まる劇場。

役者は舞台を降りました。残ったのは舞台装置と小道具のみ。

―――それらは独りでに動き出す。


終焉を迎えた物語に、再び息吹を。死を迎えた生命に、刹那の一時を―――










































「ドラゴンリーダーより各機。そろそろ予定の空域に入る。準備はいいか」
『ドラゴン2、こちらはいつでもいいわ』
『ドラゴン3、オレも大丈夫です』
『はいはいこちらドラゴン4〜! トイレならさっき済ませときましたぜぇ!』
「………ドラゴン4、真面目にやれ」

りょうか〜い、といういかにも軽薄そうな男の声が、スピーカーを通して聞こえてくる。
大空を切り裂く急襲機が4機。漆黒の機体に描かれたマーキングは、火を噴く竜。
ドラゴン小隊』。今となっては珍しくもない、PMC(民間軍事請負企業)の1ツ『N&R社』に所属する部隊だ。

『しっかし、フザけたハナシもあったモンっすねぇ、隊長? まさかこの俺様たちが、新型機の模擬戦闘の相手だなんて』
『しかもこちらが4機に対し、相手はたったの1機らしいわね。本当、随分ナメられたものだわ………』
「ぼやくな。これも仕事の内だ。俺達はサラリーマン、会社の命令には逆らえん。血と硝煙の臭いもしない、平和な仕事で良かったじゃないか」
『それもそっすね』

そうは言ってみたものの、内心、彼らは未だにこの任務―――新型機の性能実験に、納得していなかった。
N&R社と言えば、1年前の大戦で活躍した『ICKX兵工技研』に次ぐ大手のPMCだ。
その大企業に所属する戦術空戦部門でも、ドラゴン小隊は5本の指に入る実力を誇る。1年前の大戦にももちろん参加し、かなりの戦果を挙げていた。
幾度となく死線を越えてきた、まさに実戦部隊の中の実戦部隊。誰もが認める、N&R社屈指の精鋭部隊だ。
―――そんな俺達が、新型機の相手を? 疑問よりも先に、強者としてのプライドが怒りを覚えた。

『でも、本当になんなんでしょうね。今回の新型機、兵器開発部門の………リーチ局長、でしたっけ。
 あの人が独自開発したって話を聞きましたけど。よっぽどの自信があるみたいですね』
『だからって俺様たちと手合せってかぁ? 気持ちはワカランでもないが、そりゃちょっと自信過剰ってヤツじゃねぇの?』
『そうね。たしかに、飛行空母の開発、それに無人機部隊を設立したその腕は認められるわ。
 けれど無人機部隊はその戦果が芳しくないのもまた事実。いくら新型機とはいえ、私たちを相手にできるほどのものを作ったとは思えないわ』
「リーチ局長も所詮は技術屋ということだろう。俺達とはまた別種の人間だ。お互い理解し合うのは難しい」
『そっすね。ま、あんま俺様たちをナメんなよってコトは、キチンと伝えてやった方がよさそうっすけど』

そうだ。俺達はその辺のヒヨッ子とは訳が違う。こんなお遊びのような任務に付き合わされるのは堪ったものではない。
さっさと終わらせてしまうとしよう。もちろん、俺達の勝利で、だ。
今日はいつものバーは空いている日だったか? 作戦空域まで、彼らはそんなことを考えていた。

『そういえば隊長、アレの名前ってなんて名前でしたっけ?』
「アレではわからん、アレでは。一体何の話だ」
『あ〜、ほら、えー………今から俺らが戦う新型機が乗ってるっていう、あの空飛ぶ幽霊船のことっすよ』
『あら、もしかして飛行空母のことを言っているの? 名前は確か………フライング・ダッチマンじゃなかったかしら?』
デウス・エクス・マキナだ、ドラゴン小隊。私の船を不吉な名で呼ばないで欲しいな』

唐突に聞きなれない男の声が通信機から聞こえてきた。

「―――こちらドラゴン小隊。リーチ局長?」
『ああ、そうだ。こちら飛行空母、デウス・エクス・マキナのリーチだ。感度良好、よく聞こえているよ。初めまして、ようこそドラゴン小隊』

リーチ局長』。N&R社兵器開発部門でも、奇抜な兵器を開発することで有名な人間だ。
そして彼が乗っている船こそが、空飛ぶ幽霊船フライング・ダッチマン―――もとい、飛行空母『デウス・エクス・マキナ』だ。

『すまないな、ドラゴン小隊。実戦部隊である君達に、こんな訓練に付き合わせてしまって。
 しかし新型機に求められている性能は、これぐらいのミッションをこなせるものでないと駄目なんだ。手間だとは思うが、よろしく頼むよ』

―――フン、想像していた通りの憎たらしい物言いで安心した。これで新型機を打ち負かしてやっても、何の罪悪感も芽生えることはない。
その鼻、真正面から叩き折ってやる!

「了解です局長。それで、相手は―――いえ、見えました」

雲の中から1機、急襲機が出てくるのが見えた。あれが局長の『鼻』だろう。と同時に、それまで何も映っていなかったレーダーに、その機影が映った。
おそらくあの雲の中には、飛行空母デウス・エクス・マキナが隠れているのだろう。レーダーを欺いていたあの雲は、空母のステルスに違いない。

『では、始めてくれ』
「了解。―――ドラゴン小隊、エンゲージ!」

マスターアーム、ドグファイトスイッチ、オン。空を舞う竜が、その鋭利な爪を露わにする。
真正面から突っ込んでくるその新型機を、小隊は避けるように散開する。

「敵機は?」
『旋回中。………必死に私のお尻を追いかけているわ。ドライバーは男性かしら』
『ははっ、俺様と気が合いそうだな!』
「各機、ドラゴン2を援護! 叩き落としてやれ!」

ドラゴン2は急旋回、新型機の機銃を躱す。
機銃はペイント弾だ。被弾すれば修理は確実だが、撃墜されるほどのダメージを負うことはまずないだろう。

『良い運動性能ね。さすがは新型機。これはちょっと振り切れないわ』
「だが………なんだ? 妙に素人臭い機動をとりやがるな」
『素人なんでしょ。オレが撃ち落としてみせますよ!』

新型機の後ろには、ぴったりとドラゴン小隊の3機が張り付いている。
その内の1機、3のマーキングをした急襲機が、新型機の挙動が止まった一瞬の隙をついてミサイルを発射。竜が火を噴いた。
弾頭にぎっしり塗料を詰め込んだ対空ミサイルが、まっすぐに新型機へと向かっていく。あのコースなら当たる。
―――勝った。やはり新型機といえど、実力はこんなものか―――そう思った瞬間。

新型機が後ろを向いた。

『 え ? 』

いや、正確には、新型機は半宙返りをしたのだ。この状況で。
空中にふわりと浮き上がった新型機は、着弾直前だったミサイルを紙一重で躱した。
そしてその姿勢のまま、機銃を掃射する。後ろにぴったりと張り付いていたドラゴン3が被弾。ドラゴン1、4は何とか躱した。

『え? あれ? オレ、どうして、今何が………?』

被弾した当の本人は、未だに何が起こったか理解できない。攻撃される側だった自分が、逆に攻撃された事実にさえ気が付いていない。

「ドラゴン3! お前はリタイアだ、下がってろ!」
『なッ………何すか今の機動!? アイツいきなり………!』
「少し黙ってろ、ドラゴン4! ドラゴン2!」
『ええ、わかってる!』

新型機はさらに反転した後、自らを抜き去っていったドラゴン4を追いかける。ドラゴン1、2は援護に向かう。
クルビットか。なるほど、味なマネをしやがる。まさか実戦で使うヤツがいるとは思わなかった。だがあの新型機は、それを可能にする性能を持っているということだろう。

―――実戦? そうだ。これは実戦だ。ナメてかかれば死ぬ。

ドラゴン3がやられたのは、油断していたからだ。ここからは本気でいかせてもらう。

『ドラゴン2、ターゲットの後ろに付いたわ!』
「ヤツのクルビットに気をつけろ! 最初は驚かされたが、一度見てしまえばもう同じ手は食わない! ヤツが空中で制止した瞬間を狙い打て!」
『了解!』

今度はドラゴン2が新型機の後ろに付く。凄まじい機動だ。振り切られかねない。
新型機もドラゴン4を追っているからこの程度なのだろうが、もしも新型機が全力を出せば、おそらく簡単に振り切られるだろう。

『ドラゴン2、FOX2!』

機体が一瞬水平になったところで、またも竜が火を噴く。赤外線パッシブホーミング。だが当てる気はない。本命はクルビットを行ったその瞬間、そこを機銃で叩く。
この任務は負けなければそれでいい。相討ち覚悟の特攻だ。
だが新型機は、ミサイルが接近する前に機体を右に90度ロールさせた。

―――今度はクルビットも通用しないと見て、急旋回で避けるつもりか?

しかし違った。新型機は機体を地面に垂直にしたまま、一瞬にして機首を地面に向けた。
グルン、という擬音が聞こえてきそうだった。そして新型機はそのまま一気に急降下する。重力にエンジン推力を掛け合わせた機動に、ミサイルも躱されてしまった。

『なっ! この子、また訳のわからない機動を………!』
「ドラゴン2、後ろだ!」
『っ!?』

ドラゴン2のドライバーが後ろを振り返った瞬間、機体に振動が走った。被弾。HUDにはそう表示されていた。
ドラゴン2は何が起こったのかわからなかった。先ほどまで前にいた新型機が、急に後ろに現れたように思えた。
その様子をドラゴン1は端から全て見ていた。それでも今の光景が信じられなかった。
新型機は急降下の後、地面に対して垂直に回転しながらドラゴン2の後ろに回り込んだのだ。まるでブーメランのように。
機体の死角から回り込む、有視界戦闘では極めて効果的な機動だった。
普通の急襲機では考えられない機動。あれはヨーの動きだが、ラダーだけであそこまで機体が動くとは思えない。
どうやら新型機はエンジンも別次元のモノのようだった。3次元推力偏向ノズルと、機体が吹っ飛ぶほどの高出力を叩き出すことで、あれほどの滅茶苦茶な機動を可能にするのだろう。

『クソッ! ドラゴン2もヤラレちまった! どうなってンすかアレ!?』
「落ち着けドラゴン4! とにかくヤツの後ろを取る!」

残ったドラゴン小隊の2機は新型機の後ろに付こうとする。新型機は左に急旋回。たったそれだけで、簡単に振り切られてしまった。

「なんて旋回性能だ………あれじゃ遠心力で確実にブラックアウトするはずだが、そんな素振りは全く見せない………」
『ドライバーはバケモノだってンですか!?』
「―――バケモノ急襲機に、バケモノドライバーか!」

ドラゴン1のコックピットから舌打ちが漏れる。そうしている間にも、新型機は人間に耐えられるとはとても思えない超G旋回を敢行、ドラゴン4の後ろに回り込む。

『なっ! くそっ………うおおおおぉぉぉ!?』

すぐにドラゴン4の機体に振動が走る。ドラゴン4、被弾。残ったのはドラゴン1だけになってしまった。

「………認めよう。お前はこのドラゴン小隊に匹敵する実力を持っている」

このドラゴン小隊が、あっという間に3機も落とされてしまった。この小隊を組んでから初めての出来事だった。

―――だが。竜の頭を務める者として、この俺が簡単に落とされる訳にはいかない!

ドラゴン1はスロットルを全開にする。独自カスタムの機体が、急襲機らしからぬ速度で飛んでいく。
ドラゴン4を撃ち落とした新型機が、こちらに向き直るにはわずかに隙がある。
ヤツのエンジン出力は大したものだ。が、だからといってあの機体形状―――前進翼では最高速度はそう高くないはずだ。
接近戦では確実に不利。一度引き離してから、ヘッドオンで決着をつける。
新型機はこちらを追ってきている。だが距離を詰めることはできないようだ。予想通り。
ドラゴン1は反転。新型機に真正面から向き合う。竜とバケモノが、睨み合う。

「これで決める!」

再びスロットル全開、最高速度で新型機に突っ込んでいく。新型機の方も速度を上げた。ヤツも、これで終わらせるつもりらしい。凄まじい速度で2機が近づいていく。

―――もしもこの状態で、機銃がコックピットに当たったら。機銃本来の初速に、2機の相対速度が加わったならば。
いかにペイント弾といえども、それはキャノピーを貫き、人体を破壊するだろう。

「―――それでもいい。これは実戦だ。生きるか死ぬか。どちらかが生き、どちらかが死ぬだけだ!」

新型機が迫ってくる。勝負は一瞬だ。

距離1500………………1000………………

目まぐるしく数字が減っていく。ミサイルは使わない。今更そんな無粋な真似はしない。

900、800、700………………

緊張が最高点に到達する。全神経を右手に集中させる。いや、右手の人差し指、トリガーに集中させる。


………………600………………


ふいに、時間の流れが遅くなった。



………………500………………



刹那が訪れる。



………………400!

ガンレティクルが表示された瞬間、ドラゴン1は焔を繰り出した。機銃掃射。加速度が加わったペイント弾が、凶器となって新型機に牙を剥く。

「(―――勝った!)」

今度こそ竜は確信した。新型機は機銃を放てていない。弾は獲物に向かって真っすぐ飛んでいく。

この勝負、俺の勝ちだ! そう、思った瞬間―――

「―――なっ!?」

新型機が、ふいに跳ねた。
クルビットのように浮き上がったのではない。新型機はまるで地面を脚で蹴り上げるかのように、エンジン推力を真下に向けて機首を基点に前転したのだった。
機銃は躱された。新型機は空中で逆立ちしたまま、その下を潜り抜けていくドラゴン1を見ていた。ただ一発だけ、ドラゴン1の機体の真ん中にペイントを残して。
ドラゴン1のドライバーはたしかに見た。見上げた。自らの頭上を飛び越えていく、新型機の姿を。
そこには、あるはずのものがなかった。

―――ドライバーの姿が、なかった。
コックピットさえもないその機体を、彼は、驚愕の眼差しで見ていた。

「(無人―――機―――?)」


彼は、そこから先をよく覚えていない―――































主役のいないこの舞台。

観客は唯一あなた独り。

誰も居なくなった客席に座り続け、そうして見つけたこの世界。


誰も彼もが居なくなったこの物語に、どうか拍手と栄光を。

産声と断末魔に挟まれたこの生命に、どうか祝福と鎮魂を。


――――それは機械仕掛けの幽霊が見せた、あなただけに贈る物語。

――――それは機械の中の神が夢見た、もう1ツの生命のカタチ。


これは彼女の世界――――「ドロレス」という生命の物語―――――――――