Misson 01 -輸送機護衛ミッション-


[BRIEFING]


―――夢を見た。

知らない空。知らない世界。

鳴り響く警告音、衝撃と閃光。

ノイズ混じりの怒号が飛び交う、蒼空の戦場。


―――夢を見た。

それら全てを掻い潜り、私は全てを切り裂いた。

………違う。私ではない。

私はただ、彼に声を与えただけ。


―――夢を見た。

遠のく意識。消えゆく声。

巨大な機械の塊の中で、私の魂は眠りについた。


―――夢を見た。

それは、私が生きた夢。それは、私が死んだ夢―――
























「――――――レス、聞こえないのか? ―――ドロレス!」
「はい、アラン。あなたの声は正常に認識しています」
「………なんだ、聞こえてるのなら返事くらいしろ。少し焦ったじゃないか」

ゴウン、ゴウン、と重い金属音が断続的に響くハンガー内。
R−21にR−40。よく見慣れた急襲機が所狭しと鎮座する中で、一際異彩を放つ機体があった。
急襲機と言うには少し大型の機体。前時代の戦闘機がタイムスリップしてきたと言われれば、なんら違和感はないだろう。
純白の機体の上で蒼いラインが交錯している。前進翼のスリーサーフィス。攻撃的な形のその機体の電子頭脳に、電気信号に変換された声が響く。

「申し訳ありません。少し、他のことに処理能力をまわしていたので」
「フム。ウィルスチェックでもしていたのか?」
「いえ、そういう訳ではありませんが………考え事をしていた、と言うのが一番正しいでしょうか」
「データベース内の配置の最適化、余剰データの統合と削除、といったところか。
 それにしてもレスポンスが悪かったな………大丈夫だとは思ったんだが、やはりどこかで機能衝突を起こしているのか?」
「いえ、問題ありません。あなたの組み込んでくれた音声合成ソフトは、正常に機能しています」
「そうか? だが一応『意識テスト』でもしておこうか」

コホン、とわざとらしい咳払いが聞こえた。

「質問。お前は誰だ?」
「N&R社製戦術戦闘AI『Dolores C-11』です」
「ならお前と喋っているこの私は誰だ?」
「N&R社員『Alan R Leach』です。私の開発者ですね」
「ここはどこだ?」
「『ここ』の定義が曖昧です。それは私が存在する場所ですか。あなたが存在する場所ですか。もしくは両者を含む最小公倍数的な場所ですか。
 また、その質問は現在地のアドレスを聞いているのですか。それとも名称ですか」
「お前が存在する場所の名前だ」
「了解。私は現在、N&R社製無人急襲機『ノーバディ』のサーバーにいます。ノーバディは現在、飛行空母『デウス・エクス・マキナ』のハンガーに格納されています」
「最後に、今の時間は?」
「ランチの時間です」
「よし、問題なさそうだな」
「………そうですね」

そう言って彼女、『ドロレス』と名乗った人工知能は、初めて『声色』で自分の感情を表現してみせた。
回線の向こう側―――『アラン』と呼ばれた男はそれを感じ取り、かすかな笑い声を響かる。

「いや、すまない。まさかお前がジョークを言うとは思わなくてな。思わず反応するタイミングを逃してしまった」
「ジョークは話し声のイントネーションも大切です。ソフトの調子を確かめるつもりでしたが、どうやらあまり良い性能とは言えませんね」
「なんだ、不満なのか? まぁ確かに間に合わせとはいえ、市販ソフトしか用意できなかったのは悪いとは思うが………」
「あ、いえ、そういう意味では………これは失礼な物言いでしたね。申し訳ありません。ありがとうございました、アラン」
「いや、別に構わないさ。そもそもお前を喋らせるソフトを入れる構想は前からあったしな。他の社員との合同作戦となった時に、コミュニケーション手段は必要だ。
 いつかそういう時のためにお前専用のソフトを開発しておいてやるから、今はその市販ソフトで我慢してくれ」
「はい、お願いします」

会話が途切れたところで、ドロレスが「あー」とか「うー」といった母音を発声し始める。ソフトのクセを確認しているようだ。

―――飛行空母『デウス・エクス・マキナ』。大手PMCの1ツである『N&R社』が保有する、エイリアンの戦艦を利用しない純地球産の空母だ。
アランはこの飛行空母の開発者である。そして空母を旗艦とする『ゴースト部隊』を設立したのも彼だ。

ゴースト部隊とは、N&R社の公式発表によれば、空母に搭載されたセントラルAI『ユリック』によって遠隔操作される世界初の無人機部隊だ。
無人機には有人機にない様々な利点がある。たとえば、急襲機にドライバーが乗らない故に敵機に撃墜された時のリスクが大幅に減る、といったものだ。
しかし結果から言えば、このゴースト部隊は期待されていたほどの成果を挙げたとは言えなかった。
大きな理由の1ツとしては、ゴースト部隊の機体は全て『遠隔操作』であるという点にある。戦闘を遠隔操作で、しかも部隊単位で操る以上、どうしても『アラ』が出てきてしまうのだ。
つまりゴースト部隊は個別戦闘に弱いという弱点を持つ。また、咄嗟の出来事にも対処ができない。

そこで開発されたのが、先ほどから発声練習をしている彼女、完全自律型戦闘AI『ドロレス』だった。
ゴースト部隊の機体は前述のとおり、遠隔操作によってしか戦闘を行うことはできなかった。
しかしドロレスは違う。ドロレスは自らの判断によって戦闘を行うことが可能だ。時には人間の指示を必要とせず、独自の判断で動くことさえある。
非常に高度な並列処理システムと、膨大なデータベースによってドロレスは構成されている。その性能は他に類を見ず、最早人間と区別が付かないほどの知能を持つ世界最高のAI。それがドロレスだ。

「ところでドロレス。ちょっと調整を中断しても良いか?」
「はい、なんでしょう」
「先程の『ここはどこだ』という私の質問だが、お前は『ここ』の定義が曖昧だと突き返してきたな。
 あれはフレームの枠内での疑問と判断しての質問か? だったなら、もう少しフレームを狭めたほうが良いと思うんだが………」
「人間如きが、この私に意見するのですか?」
「………ドロレス」
「ジョークですよ。この間ネットで見つけてきた映画のワンシーンなのですが、面白くなかったですか?」
「まったくな」

………世界最高のAIではあるが、性格には少し難があるようだ。

「お前………さっきの質問攻めも、ワザとだな?」
「いくら人間と同じ思考ルーチンを組んでいるからとはいえ、あまりに人間らしすぎるのも面白くないかと」
「で、AIがAIのフリをした訳か………
 良い性格だな、ドロレス。ノーバディも、お前のようなドライバーに乗ってもらえてさぞ幸せだろうな」

ノーバディ』とは、AIであるドロレスの為に開発された完全無人急襲機だ。
これまでにも、例えばゴースト部隊のように、無人の急襲機が無かったわけではない。しかしそれらは全て現行の有人機を改造したものばかりだった。
これに対しノーバディは、設計段階から無人機として開発された急襲機だ。これは急襲機の歴史でも初めての試みだ。
人間の乗るスペース、生命維持のための機械スペースの確保、人間自身の肉体限界、それらを一切考慮せずに開発されたノーバディは、まさに『AI』のために作られた。
前進翼にスリーサーフィスという奇怪な姿。専用に新開発された双発の大出力エンジン。これこそが、他の急襲機にはマネできない戦闘機動を実現する。
その機動は最早『殺人的』であり、人間ならば絶対に耐えられないものだ。だからこその無人機であり、このノーバディの性能を最大限に発揮できる唯一の存在が、人工知能ドロレスなのだ。

「―――とはいえ、ノーバディにだって限界はある。あまり無茶はしないでもらいたいのだがな」
「それは、先日のドラゴン小隊との模擬戦闘のことを言っているのですか?」
「ああそうだ。特に最後のアレはやり過ぎだ」
「全力で相手をしろ、と言ったのはあなたですよ。それに最後のヘッドオンは、ああしなければ互いに重大なダメージを負っていました。
 私の判断は極めて妥当だったと認識していますが」
「ま、それはそうなんだが………耐用年数とかを考えると、やはり無茶はしてほしくはない、というのが本音だな」
「………機体に負荷を掛ける機動はほどほどに、ということですね。了解しました」

ドロレスの性格を考えると、本当に解かったかどうかは疑わしい。が、その事実を敢えて無視し、一拍の間を置いた後にアランは本題に入ることにする。

「さてと。これだけ無駄話をしたんだ。もう音声ソフトの調整は必要ないだろう。そろそろこちらの話に戻してもいいか?」
「はい、構いませんよ。お話というのは『任務』のことですよね?」
「そうだ。それでは今からブリーフィングデータを送る」

ドロレスの電子頭脳、その脳裏に立体的な地図が表示される。今回の作戦空域の地図だ。
簡略化された山脈の上空に、幾つかのマークが浮かんでいる。それらは青、白、赤と色分けされている。白いマークは自機、それとゴースト部隊の機体だ。

「さて、ドロレス。いよいよお前の実戦出撃許可が下りた。今回のミッションがお前の受ける初めての依頼になるだろう。
 依頼主はMT社―――『マジック・テクノロジー』という企業だ。それほど大きな企業ではないが、ウチの古い顧客の一社だ」
「遂に始まるのですね……………ですが、初めての任務でそれほど大事な顧客を任せていただいて良いのですか?」
「それだけ本社に信用してもらえているということだろう。依頼の内容は、同社の輸送機の護衛だ」

地図上の青いマークが強調される。MT社の輸送機が、地図上の青いラインに沿って飛んでいく。
旧式の輸送機だ。下手をすれば半世紀は飛んでいる代物かもしれない。

「知っての通り、1年前の大戦時に内部から離反者を出してしまった各国の軍隊は、急激かつ大幅な軍縮を迫られることとなった。
 そこで台頭してきたのが私達PMCなのだが、PMCが正規軍よりも軍事力を持った今、企業間の抗争が『武力』によって行われるようになった」
「軍隊の民営化、戦争の民営化………」
「そうだ。現代の戦争は企業間の利益追求と、その妨害を目的とするようになった。
 もちろん他企業への武力的妨害は国際法で禁じられているが、実質これを取り締まる力が存在しないのも事実だ」
「『その企業が犯行に及んだと特定できる確実な証拠』を被害にあった企業が用意できれば国際法に基づき告訴できるものの、
 映像記録や目撃証言だけでは証拠と認められず、唯一確実とされるのは攻撃してきた機体を鹵獲することのみである。そう言われていますね」
「そのために企業は独自の軍事力を保有し、自らの利益を保護することとなった。しかし、全ての企業が独自の軍隊を組織するのは到底無理だ。
 そこで私達のような『軍事専門』の企業、PMCが軍隊を持たない企業の護衛を行っている訳だ」

企業の戦力が国家軍事力を超えるなど、まるで映画のような話だ。
しかしそれが現実のものとなってしまう原因となったのが、1年前の大戦での出来事だ。『第2次エイリアン大戦』と呼ばれる大戦は、各国軍隊からの離反者を中心に勃発したものだった。
そしてその大戦を終結させたのが、いまや『英雄』とまで呼ばれるようになった企業『ICKX兵工技研』だ。
この2ツの事実は、各国の民衆の支持を正規軍からPMCへと偏らせることとなった。

「抑止力たる正規軍が力を失った今、企業が自らを守るには私達PMCに頼らざるを得なくなった。
 いいか、ドロレス。これはビジネスだ。金で買える安全と安心、それを提供するのが私達の仕事だ」
「わかっています、アラン」
「結構だ。だがその一方で、PMCにはもう1ツの側面があることを忘れるな」

再び地図上に、今度は赤いマークが強調される。こちらは先程の輸送機のマークと違い、数も種類も曖昧でバラバラだ。

「これが今回、セントラルAIユリックが妨害に来ると予想した、敵機の種類と数、それからルートだ」
「敵対企業の、または敵対企業の依頼を受けて妨害に来るPMCの急襲機ですね」
「そうだ。これが私達PMCの持つ、もう1ツの側面ということだ。自社の利益追求のために、他社を武力的に攻撃する。
 自社のマーキングを隠して飛んでくるヤツらに対抗する手段は、同じく私達PMCの武力のみだ。さっきお前が言ったように、法はアテにならない」
「PMCを必要とする状況を作り出しているのもまた、同じPMCということですね」
「まさしく『戦争の民営化』だ。AIのお前から見れば、馬鹿馬鹿しい話かもしれんがな」

そう言ってアランは自嘲気味に笑った。
徹底的に合理的な思考をするAIから見れば、需要と供給を自ら生み出すPMCの存在は理解できないだろう。いや、ある意味合理的な構造ではあるが。

「利益の追求。それがお前の究極的な存在意義だ。もう一度言うが、これはビジネスなんだ。それをきちんと理解した上で、きっちりと仕事をこなしてくれ。頼んだぞ、ドロレス」
「はい。任せてください」
「良い返事だ。では、出撃までの時間は………そうだな、好きに使うといい。AIのお前にも、余暇くらいは必要だろう―――」















































[MISSON]


マジック・テクノロジー社の輸送機が3機、山岳地帯をゆっくりと飛んでいく。
その周りをゴースト部隊の機体が4機、防御態勢で囲んでいる。ノーバディと改造無人機だ。
ドロレスと遠隔操作の無人機、デウス・エクス・マキナが互いにデータリンク。統合戦術情報分配システムにより、レーダー情報を共有。360度全方位に眼を光らせている。

「アラン」

ドロレスからアランへ通信が入る。デウス・エクス・マキナは、はるか上空の雲の中に潜伏中だ。ここからではどの雲にいるのかわからない。

『どうした、ドロレス。何か見つけたのか?』
「いえ、そうではありませんが………今回の作戦についてです」
『なんだ?』
「予想される敵機の種類と数からすると、いくら私がいるとはいえ、やはり4機では少ないと思うのですが」
『それはさっき言っただろう。クライアントの出した金額では、これくらいの戦力が妥当だ。
 ブリーフィングでも言っただろう? これはビジネスだ。彼らは自分達の―――正確には自社の社員と資本に、それだけの額しか払わなかった。
 ならばこちらも、それ相応の商品とサービスを提供するだけだ。………明らかに戦力不足なのは両社とも承知の上だ。交渉の結果なんだ。割り切れ、ドロレス』
「………了解」

とは言ったものの、ドロレスとしては到底納得できるものではなかった。
ドロレスには、ロボット三原則は適用されていない。人間の頭脳を模倣した結果、そういったルールを遵守することはあっても、絶対服従とまではいかないからだ。
しかし、人間の頭脳を模倣したからこそ、ドロレスには『自己を守らなければならない』という強い概念がある。そのための手段は最大限利用すべきだ。
だからこそドロレスは現在の状況が許せない。劣性になることが、自身の存在が脅かされることが分かっていて、しかもそれを防ぐための手段があるにも関わらず、その手段は使えないという状況が。

『お前の気持ちは解かるよ、ドロレス。人間だってお前の立場だったら納得するはずがない』
「ですが、納得しなければいけないのも事実です。大丈夫です。その分、私が頑張れば良いだけの話ですから」
『すまんな。だが、頼むからノーバディを空中分解させるようなことはしないでくれよ』
「了解です」

ですが、いざという時は容赦なくリミッター解除しますよ。心の中でそう、ドロレスは付け加えた。
そしてその時は必ず来る、とも思った。確かにゴースト部隊の機体は優秀だ。アランによって独自カスタムが加えられた改造無人機は、遠隔操作でも十分に有人機と渡り合える性能を持つ。
持つのだが、それは圧倒的に有利とは言えない。あくまで『互角かそれ以上』なだけだ。自分ならともかく、僚機が一度に3機も4機も相手にするのは難しいだろう。
そうなると必然、自分が無理をしなくてはならなくなる。その時は機体限界など考えていられない。
初ミッションにして、不幸にも厄介な仕事を宛がわれてしまったものだ。

「(………いえ、厄介だからこそ『誰でもない者』に押し付けられたのでしょうね)」

無人機というのも楽ではない。
疲れを知らないAIに『楽』という感覚が有るのかは自分自身疑問に思えたが、そういう言葉が浮かんでくる以上、ぼんやりとは有るのかもしれない。
そういえば『不幸にも』とは思ったが、AIにも『運勢』なるものは存在するのだろうか。
けれど無機物を占うなんて聞いたことが………いや、占いには人間自身の吉兆以外にも、物事の吉兆を問うものがあったはず。
自分ではなく、自分に降りかかる事案を占えば良い。そうすれば(たぶん)大丈夫なはずだ。
方法はどうだろう。自身の誕生日や名前を使うものは避けたい。となると、トランプやタロットが良いのではないか。
それならインターネットにも簡単なアプリケーションが落ちているはず。暇つぶしに、アランに頼んで送ってもらおうか。

「アラン。ちょっとお願いが―――」
『ドロレス、ロングレンジレーダーに感あり! タリホー、2オクロック』

ドロレスの言葉は、アランの緊張を含んだ声に消された。
飛行空母からのデータリンク。レーダーにデウス・エクス・マキナの巨大なレドームがキャッチした機影が映る。こちらのレーダーにはまだ反応はない。

『予想通りだな。ボギー2機―――いや、R−21が2機。高度を上げたな。目には目を、ゴースト3を迎撃に向かわせる。お前はそのまま輸送機をエスコートしろ』
「了解」

ゴースト部隊の無人機が1機、速度を上げて右斜め前方へと抜けていった。R−21U。アランの手によって無人化された機体だ。
ゴースト部隊では最初期に作られた無人機とあって、雇用単価は最安値だが、その分性能も原型機と比べて代わり映えしない。
今回のミッションにおいて、MT社は本来この機体を8機注文する予定だったという。
ところが、今後の他社へのPRのために無料でドロレスが同行することが決まった途端、一方的に機数を3機にまで減らしてしまった。
商業主義もここまで露骨だと清々しいな、とはアランの言葉だ。

『ゴースト3、敵機と接触した。エンゲージ。交戦を開始』
「今更ですが、1機で大丈夫なのですか?」
『ユリックの処理能力をゴースト3に集中している。この分なら大丈夫だ。………と、早速1機撃墜した。ナイスキル』

AIによって操られる急襲機に撃墜されるのは、どんな気分なのだろう。ぼんやりと、ドロレスはたった今散った急襲機のドライバーを思う。
ドラゴン小隊の4機を思い出しかけた時、またもアランから通信が入る。

『ドロレス、続々と来たぞ。10時と1時にそれぞれ2機ずつ、正面から4機だ。お前は正面を頼む』
「了解。向かいます」

ノーバディのエンジンが出力を上げた。従来の前進翼では有り得ない速度で、ターゲットに接近する。
敵機の手前で急降下、高度を合わせる。コックピットを下に向ける必要はない。コックピットどころか、レッドアウトするような頭も無いからだ。

「ターゲットマージ。レーダーコンタクト。こちらもR−21ですね。マスターアーム、オン」

機首のレドームがレーダー波をはっきりと捉えた。ドロレスは兵装の安全装置を解除する。
ノーバディの望遠カメラに敵機が見えた。すぐに近接格闘カメラにも映るだろう。

「エンゲージ。シーカーオープン。ドロレス、FOX1」

ノーバディからミサイルが放たれる。セミアクティブレーダーホーミング。人間には見えない、電磁波を頼りにミサイルが牙を剥く。
相手は回避行動をとろうとする。だが遅い。ミサイル命中。敵機は無残な姿となって、剣山のような森の中に消えていく。
さらにドロレスは一気に速度を上げる。瞬間的な加速度で人間なら骨折しかねないが、ドロレスなら何ら問題はない。まるで先行したミサイルを追うかのように敵機に急接近したドロレスは、すれ違い様に機銃を掃射する。
突然速度の上がったノーバディに敵機は反応できない。なすすべなく、先程の残骸と同じ運命を辿る。
敵はたった1度のヘッドオンでいきなり2機の僚機を失うこととなった。残りの2機が左右に分かれる。

「敵機、2機を撃墜しました」
『よくやった、ドロレス。その調子で残りも頼む!』
「了解。任せてください」

ドロレスは減速しつつ旋回。9Gという人間なら失神寸前の状況も、ドロレスにとっては何の影響もない。
簡単に敵機の後ろをとったドロレス。しかし、ドロレスの後ろに更に敵機が食いついているのを、ノーバディの全方位カメラが捉える。
目の前のターゲットに集中しているところを、後ろから狙い打つつもりだろう。
だがそれこそドロレスの思うツボだ。各動翼と推力偏向ノズルを最大限に利用し、一気に機首を上げて減速する。
後ろにいた敵機は思わずノーバディを追い越してしまった。すかさずドロレスは機体を水平に戻し、殺人的な加速によって敵機を追いかける。コブラ機動だ。
敵機は慌ててバレルロール、再びノーバディの後ろに回り込もうとするが、ドロレスによる正確な機動予測の前に敗れ去る。被弾、あえなく撃墜。
最後の1機は離脱を始めていた。体勢を立て直すつもりか、それとも敵前逃亡か。どちらにせよ、ドロレスはそれを許さない。
ドロレスはミサイル発射。今度はレーダーホーミングではない。無線誘導弾だ。
ミサイル先端に取り付けられたカメラの映像を頼りに、ドロレスは正確にミサイルを敵機へと導く。
人間ならば超高速のミサイルをリアルタイムで誘導するなど不可能だが、AIであるドロレスの処理能力なら雑作もない。
ミサイルが敵機のエンジンへと寸分の狂いなく命中した。敵機、撃墜完了。

「ドロレス、前方の4機の迎撃に成功しました。他はどうです、アラン?」
『輸送機の8時方向から新たにボギー2機! それとすまない、ゴースト2が撃墜された! R−27が1機、輸送機に向かっている!』
「了解。援護に向かいます」

共有されたレーダー情報から、ドロレスは輸送機と輸送機に近づく急襲機の位置関係と相対速度を計算する。
間に合わない。そう判断したドロレスは、長距離対空ミサイル発射。先程と同じ、カメラにて無線誘導を行うものだ。
レーダー波、赤外線に頼らないこのミサイルは、有効射程距離はミサイルの寿命と実質的にほぼ一致する。が、流石にこの距離ではピンポイントで当てるのは難しい。
ミサイルがR−27に接近する。R−27はそれに気付いてブレイク、回避する。ミサイルの軌道上から離れてしまった。ミサイルが敵機の傍を通り過ぎようとする。
そこまで行ってドロレスは、ミサイルに自爆指示を送る。すかさずミサイルは空中で爆散。直撃ではないものの、R−27は少なからずダメージを受けた。
速度の緩んだR−27へ、ドロレスが最大速度で接近する。機銃掃射。爆風によりバランスを崩していたR−27に、回避する余裕はなかった。

「アラン、ゴースト2が取りこぼした敵機を撃墜しました。ですが、8時のボギーは間に合いません!」
『わかっている。ゴースト3を輸送機に向かわせた。お前も急いでくれ!』
「やはり、こうなりましたか………」

だから無茶だと言ったのに。人間の考えることは、理解はできても納得できない。いや、それは人間も同じか。
本当に初のミッションから不幸だ。もしもドロレスに頭があったなら、今頃は抱えてしゃがみこんでいることだろう。
だがそんなことをしている場合ではない。R−27を撃墜したその速度のまま、ドロレスは輸送機の後方から近づく敵機の迎撃に向かう。
カメラを使った無線誘導ミサイルはもうない。そもそもアレはまだ量産化されていない試作型だ。そんなに多くは持たせてもらえない。
ドロレスは僚機から送られてくる情報を意識する。まずい。敵機が輸送機に向けてミサイルを発射した。

「アラン、ゴースト3の制御を私に!」
『了解、ユーハヴコントロール!』
「アイハヴ!」

ドロレスはノーバディでの迎撃を諦め、ゴースト3を遠隔操作する。
ゴースト3のカメラ映像が送られてくる。ノーバディほど解像度はよくないが、それでも輸送機目掛けて飛んでくる2発のミサイルがはっきりと視えた。
ドロレスはゴースト3のECMポッドを作動、全力で敵のミサイルにジャミングをかける。ミサイルの内1発はそれで軌道が逸れたが、もう1発は輸送機に真っ直ぐ突っ込んでくる。

「―――仕方ありませんね」

ミサイルの弾道計算終了。ドロレスはゴースト3を、死地に向かわせることにした。
ミサイル接近。輸送機を狙ったミサイルは、間に入ったゴースト3に直撃した。自身と同じ無人機は、輸送機の盾となって散った。
その際にドロレスは、輸送機に近づく2機の急襲機の姿を確認する。一撃離脱を得意とする、R−24。格闘戦重視のノーバディとは相性が悪い。
向こうもそれを知ってか、敵機はドロレスとのヘッドオンを避けるコースをとった。やっと輸送機に追いついたが、この状況では敵機を撃墜できても、輸送機もやられてしまう。

「それにしても………たった3機の輸送機にここまでの戦力を投入してくるなんて。この輸送機にはそれほどの価値があるのでしょうか?」
『いや、おそらくこれは我が社への妨害目的も含まれているのだろう。依頼を失敗したとなれば、社名に傷がつく。
 N&R社ほどの大企業になれば、妨害行為もまたエスカレートの一途を辿る』
「なるほど。つまりこれは私たちへの挑戦という訳ですね。でしたら、なおさら負ける訳にはいきませんが………!」

しかし相手が悪い。格闘戦なら負ける気はしないが、最高速度で勝る急襲機にヒット&アウェイで来られては手が出せない。
それでも自分1人なら何とかなるが、今は輸送機という護衛対象を抱えている。ここを離れる訳にはいかない。

「アラン。やはりこの数ではさすがに………!」
『わかってる。………OK、ドロレス! MT社との交渉が完了した。追加注文だ。R−24Uを2機、そちらに向かわせる!』
「間に合うのですか?」
『電磁カタパルトで吹っ飛ばしてやる! 速達だ、受け取れ!!』

はるか上空の飛行空母、デウス・エクス・マキナ。その巨大な飛行船に備え付けられた2門の電磁カタパルトが、凄まじい勢いで急襲機を発射する。
空の彼方で爆音が響いた。ソニックブームだ。音よりも速く、2機のR−24Uが空域へと急速接近する。

コールサインはゴースト4、5だ。5のコントロールはお前に任せる。ユーハヴコントロール! 上手く使え、ドロレス!』
「了解、アイハヴ!」

カタパルトによって超高速で飛来するR−24U。アランによってカスタム化されたその機体は、エリアルール理論に従って括れた胴体になっている。ドロレスはその内の1機をコントロールする。
粗雑なミサイルより速いその機体を、ドロレスは精密にコントロールする。目標は、輸送機の上空を飛び去って行ったR−24だ。

―――反転してもう一度攻撃される前に、追いついて撃墜する!

2機の無人急襲機のエンジンが唸る。2機はアフターバーナーを点火、目まぐるしいスピードで敵機へ接近する。アフターバーナーなどという戦闘機的なもの、急襲機にしては珍しい、というよりこの機体くらいにしか存在しないであろう。
凄まじい速度で迫りくる急襲機にさすがに気付いたのであろう、敵機は十分に距離を取れていないにも関わらず、旋回し始めた。
が、間に合わない。一撃離脱に特化した速度重視のR−24は、その反面旋回性能が悪い。回避する前に、音速の急襲機に追いつかれてしまった。

『外すなよ、ドロレス?』
「もちろんです!」

超高速の世界。その中でドロレスは、正確に敵機をガンレティクルの中に捉える。
レディ、ガン。―――ファイア!
残弾表示が一気に減っていく。原型機よりも威力は落ちる、しかし敵機を貫くには十分な機銃は、しっかりと敵の急襲機を鉄クズへと変えた。

「敵機、撃墜しました!」
『よくやった、ドロレス! こちらも終わりだ。全機撃墜、敵影は無し』

ドロレスは綺麗になったレーダー情報に意識を向ける。ゴースト4も撃墜に成功。空母のAI、ユリックもそこそこの性能はあるようだ。
ドロレスとは違う工学的AIらしいが、音速で飛行するR−24Uを操れるあたり、その処理能力は大したものなのだろう。
何機もの敵機を取り逃がし、正直その性能は疑問だったのだが。

『―――そろそろ戦闘禁止区域に入る。初ミッションは成功だ、ドロレス』
「ですが、こちらの艦載機も2機、犠牲になってしまいました」
『1機はお前が壊したんだろうが………ま、本社に申請すれば補充してくれるはずだ。
 ………いや、それどころか予算アップも夢じゃないな。これだけの攻撃を4機プラス2機で迎撃しきれたんだ。ゴースト部隊の評価は確実に上がるはずだ』
「でしたら、その予算は私専用の音声合成エンジンの開発に使ってください」
『馬鹿いえ、予算はR−50のカスタマイズに使うつもりだ。
 いや待てよ。そういえば先日、軍のサーバーにハッキングして手に入れたダブルシックスの設計図があったな。
 あれを無人機に再設計して………いやいや、いっそのことノーバディをもう1機………』

何やら自分の世界に入ったアランの独り言を、ドロレスは聞き流す。
少しヒヤリとはしたが、初ミッションは無事に終わったようだ。
安堵の溜息を吐こうとしたが、この音声合成ソフトでは「ふー」というマヌケな発声になってしまった。

「アラン。輸送機が戦闘禁止区域に入りました」
『おっと、そうか。ここから先、我々は都市上空には近づけない。ドロレス、任務終了だ。そのまま飛行空母に帰ってこい』
「了解。ドロレス、コンプリートミッション。RTB―――」