Misson 02 -報復ミッション-


[BRIEFING]


「ドロレスよりユリックへ。着艦を要請します」
『コチラ ユリック 了解。クリアランス ヲ 与エル』

蒼空。どこまでも広がる青いキャンパスの上に、白い絵の具のような雲がポツン、ポツンと漂っている。そのキャンパスの上を、白い粒が横切っていく。
完全自律型急襲機ノーバディ。特異な形状の急襲機は、空に浮かぶ巨大な雲の1ツへと入っていった。その途端、レーダーが使い物にならなくなる。
周辺の特殊な雲がレーダー波を吸収してしまうからだ。飛行空母デウス・エクス・マキナのステルス兵器。
愚鈍でろくなCIWS(近接防御火器)を持たず、そのくせ的としては優秀な図体の持ち主である飛行空母は、こうして自らの姿を隠している。
ランディングアプローチ。任務を終えたドロレスは、飛行空母への着艦プロセスを開始する。
飛行空母への着艦は、人間にとってはまるで目隠しをして行うようなものだ。というのも、飛行空母の纏う雲が、空母の姿を視覚的に隠してしまうからだ。
ドロレスをはじめとする無人機には、可視光以外にも空母が発する着艦誘導信号が文字通り『視えている』ので問題ないが、人間にはさぞ不便なことだろう。

―――クリアランス、OK。ミートボール、インサイト

ドロレスは黙々と自らのフライトレコーダーに状況を書き込んでいく。
空母の着艦誘導灯を視認。赤外線だ。もちろん人間には視えないが、ドロレスにははっきりと視えている。
着艦誘導士官はいない。この誘導灯は、というより着艦プロセスの全てがコンピュータ制御だ。着艦は全自動で行われる。

―――アレスティングフック、ダウン。

ノーバディの機体下部から、飛行空母を捉えるためのフックが出てくる。ランディングギアは下げない。
海上の空母ならば、これを空母のアレスティングワイヤーに引っ掛けて着艦を行う。だが、飛行空母の場合はワイヤーを使わない。
空中の飛行空母の場合は、アレスティングフックを捉えるためのキャッチアームを横一列に無数に並べておく。無人機はこれにアレスティングフックを引っ掛けて着艦する。
視えない空母。ワイヤーではなくアームに引っ掛ける着艦方式。飛行空母への着艦は従来の常識から逸脱し、またその分非常に難しいものとなっている。
だが、飛行空母への着艦において本当に難しいところは、ここからだ。

―――最終着艦姿勢に移行。『反転』を開始。

いよいよ着艦するというところでドロレスは、グライドスロープに従って機体を反転させてしまった。背面飛行。ノーバディは飛行空母に向かって『逆さま』に近づいていく。
ありえない着艦姿勢。これが飛行空母の独特の着艦方式でも、飛びぬけて常識外れな部分だ。
飛行空母には通常の空母のような広いデッキはない。艦載機は全て、空母に『吊り下げられる』カタチで離着艦を行う。
この着艦方式は非常に難しい。人間ならば猛特訓が必要になるところだろう。遠隔操作によって精密なコントロールを行える、無人機だからこその着艦方式だ。

―――キャッチアーム、レディ。

上下逆さまなノーバディが、飛行空母の下部―――これも上下逆さまになったデッキからぶら下がる、無骨なキャッチアームの列へと近づいていく。
背面飛行とは思えないほどの安定した挙動で、ドロレスはアレスティングフックをアームに引っ掛けた。
アームはノーバディを掴んだまま、レールを滑走しつつ減速をかける。ノーバディ側もまたエアブレーキをかけて減速する。
海上の空母では着艦に失敗した時に備え、タッチダウンと共に出力を最大にするのが常識だ。
だが、空中を飛ぶ飛行空母にその必要はない。たとえこの時点でストールしたとしても、回復するだけの十分な高度があるからだ。

―――コンプリート・ランディング。

着艦完了。ノーバディは機首を下に向けて、まるで精肉工場で見かける吊り下げられた肉塊のようにぶら下がっている。
アームはそのままレールの端まで移動。ハッチが開き、その姿勢のままノーバディはハンガーへと格納されていく。見た目的には『収納』と言いたいが。
ハンガー内で初めてランディングギアを下げ、機体は水平状態へと戻される。車輪をロック。
ドリーによって電源ケーブル、通信コードが機体に接続されると、アランの声が聞こえてきた。

「お帰り、ドロレス。相変わらず良い腕だな」
「良い腕も何も………ただ指示に従って機体を飛ばしただけですが」
「お前にとっては何てことのない作業だろうが、人間にとっては機械の指示に正確に従うことほど難しい操作はないからな。
 知ってるか、ドロレス? 海上の空母にはアレスティングワイヤーが4本準備されているんだが、この内の後ろから3番目のワイヤーに引っ掛けるのが理想とされていてな。
 合衆国では、この3番目のワイヤーに引っ掛け続けたパイロットを『優秀なパイロット』として表彰するらしい」
「そんな簡単なことで表彰されるのですか?」
「お前には永遠に理解できないだろうがな。いや、理解する日が来ても困るが」

たしかにドロレスにとって、想像はできても理解することはできない。
機体は自分にとって―――――人間的な物言いになってしまうが、手足そのものなのだ。それも精密に動いて当たり前の。
人間が自分と同じように機体を動かすのは、どれだけ大変なのだろうか。ドロレスは想像する。
機体と人間の間には、計器や操縦桿といった『相互翻訳機』が必要だ。情報伝達に多大な齟齬が発生することは、まず避けられないだろう。
いや、そもそも人間……………というより、全ての生物に当てはまることだが、彼らは自身の肉体さえも完璧にコントロールすることができない。
そんな人間が金属の塊を飛ばすなど、その困難は想像に難くない。実際、近年開発された飛行機の類は、コンピュータの補助無しではマトモに飛ぶことさえもできない物が多いと聞く。

「私たち機械は自身の存在を懸けてまで人間に尽くしているというのに、ご褒美は一切無しですか………」
「どうしたんだ急に。まだ特別予算をお前に使わなかったことを根に持っているのか?」
「さあ。どうでしょうね」
「おいおい、勘弁してくれよ………」

アランの溜息をよそに、そういえば、人間と機械をダイレクトに繋ぐ技術がありましたね、とドロレスは思う。
人間の体を捨ててまで作られた急襲機は、それは凄まじい性能を誇ったという。
人間の肉体限界の克服、機械と人間との絶対的な障壁の突破。そのコンセプトは、ドロレスの存在意義とあまり相違がない。というよりほぼ同一のものだろう。
ドロレスとしては素晴らしいアイデアだと思うのだが、その技術は『禁忌』として封印されてしまったという。
それもまた、ドロレスには『想像はできるが理解できない』事柄だった。

「………予算は無限には存在しないことくらいは、想像も理解もできますけどね」
「じゃ、どうしてそんなに不機嫌なんだ?」
「人間的に言えば『頭では解かっていても心が追い付かない』といった感じでしょうか」
「そんなトコまで人間らしくなくてもいいじゃないか……………というかお前、そんなに自分専用の音声合成エンジンが欲しいのか?」
「AIである私が物欲に囚われている、とでも言いたいのですか」
「………便利だな、お前の立場って」
「お誉めにお預かり光栄です」

アランは2度目の溜息を吐く。
ドロレスとしては、本音を言えば今のソフトが不満な訳ではない。声色はとても綺麗だし、表現力もそこそこ豊かだ。
だが、何故かしっくりこない。なんと言うかこう、自分の声とはどうしても思えないのだ。
人間は録音機から発する自身の声にひどく違和感を覚えるという。ドロレスの感じているものはそれに近いものだろう。

「悪いがこればかりは私にもどうにもできない。我慢してくれ、ドロレス」
「別に、それで任務を投げ出すようなことはしませんよ。安心してください。私はいつでも任務に忠実です」
「おお、よく言ってくれた! そこで、だ。任務直後に悪いんだが、本社から直々の依頼があった。給油とメンテナンスを済ませ次第、すぐにまた飛んでもらいたい」
「………」

瞬間、ドロレスの脳裏で『ストライキプログラム』が組み上がったが、アラン作の超強力セキュリティソフト『良心プログラム』がなんとか隔離することに成功した。

「………本当に、休む暇もないですね」
「休みなんて必要ないだろう、疲れないんだから。もしも機械が休暇を申請していたら、現代の文明レベルはもっと低かったはずだ」
「なら、せめて感謝してください」
「それもまた可笑しな話だがな………いや、そういえば東洋の島国では、万物には霊魂が宿るとして、無機物にまで感謝を奉げる風習があるんだったか」
「前から思っていましたが、あなたは私を人間のように扱ったかと思えば、機械は機械と割り切ったように扱ったりもしますね。…………それと話が脱線してますよ、アラン」
「おっと、すまない。話を戻そう」

ドロレスの電子頭脳にブリーフィングデータが送られてくる。そのバックグラウンドでドロレスは、ノーバディのセルフチェックプログラムを走らせる。
機体の方は既に給油が始まっており、兵装の搭載準備も進んでいる。

「今回の本社からの依頼は、私達にとっても関係のないモノとは言えないだろう。寧ろこの仕事がこちらに来なかったら、それはある種の侮辱だ」
「どういうことです、アラン?」
「今回のミッションは敵対企業への妨害任務……………いや、報復任務だ。相手は、先日お前の初陣を祝福してくれた奴らだ」
「あの護衛任務の時の……………攻撃してきた企業が解かったのですか?」
「状況証拠だがな。これだけではまず、法に訴えることはできない。だからこそ、私達が直接制裁を加えるということだ」
「目には目を、歯には歯を、ですか」
「その通りだ」

アランはドロレスの脳裏に表示された立体地図の、一番大きなターゲットを指し示す。
―――ラバーズ。かつて、この地球を襲ったエイリアン達が使っていた、地球の技術では作り得ない超兵器の1ツだ。

「敵対企業の名は『ツヴィリング・ドラッヘン』。
 連合軍から払い下げられたラバーズを戦艦紛いに改造し、それを旗艦としてチャリオットの軍隊を組織している企業だ。まるでエイリアンだな」
「先日私たちを攻撃してきた機体は、全てRだったと記憶していますが」
「私達に正体がバレないようにだろう。我らがN&R社は、世界有数の大企業だ。そんな企業に目をつけられるなど、私なら絶対に避けたいところだ」

ま、それでミッションを失敗するようでは本末転倒だがな、とアランは笑う。

「そんな身を削る努力も空しく、我が社の情報収集解析部門に尻尾を掴まれてしまった、という訳だ。
 やれやれ、エイリアンの技術を積極的に取り入れて急成長したはいいが、やはりまだまだ若いな。地に足がついていない」
「それで、私は何をすれば良いのですか」
「簡単だ。本社の情報部がツヴィリング・ドラッヘン社のラバーズのフライトプランを手に入れた。お前はゴースト部隊を率いて、この虎の子を叩き落としてこい」
「了解です。それで、今回こそは十分な戦力をいただけるのですよね?」
「へ?」
「………え?」
「………………………………」
「………………………………」

―――少しの間、沈黙が流れる。

「………い・た・だ・け・る・のですよね?」
「いやぁ〜、そ、それが………何かと最近、忙しくてだな………」
「………………」

ドロレスは最近覚えた『溜息』を吐いてみせた。我ながら感情を上手く表現できるようになったものですね〜…………と、軽く現実逃避する。
そのバックグラウンドでは先程隔離したはずの『ストライキプログラム』が『暴動プログラム』に自己進化し、アラン作の『聖人君子プログラム』と死闘を繰り広げていた。

「………………」
「し、仕方がないんだ、ドロレス! 私だってお前に十分な戦力を渡してやりたいのはやまやまなんだが………!」

アランの必死な言い訳がやけに耳障りだ。耳なんて無いのだが。

「………まぁ正直なところ、予想はしていましたよ。帰って来た時からハンガーの中がやたら広く感じましたから。他の艦載機は一体どこで何をしているのですか?」
「それが……………欧州の方でちょっとしたゴタゴタがあってな。緊急の援護要請ということで、1時間程前に電磁カタパルトが一仕事終えたばかりなんだ」
「それでこんなにも艦載機が少ないのですね。そういう事情なら、納得せざるを得ませんね……………」

飽くなき利益追求のために、危険度が上がろうと淡々と任務を遂行させる。企業とは理不尽なものだ。ある意味軍隊よりも酷いかもしれない。
ドロレスは諦めて、ブリーフィングデータに意識を向ける。優勢予測指数は……………あまり良くない。
初ミッションの時ほど手こずることはないとは思うが、しかし相手はエイリアンの空中戦艦、楽勝という訳にもいかない。
さらにデータによれば、この敵のラバーズにはツヴィリング・ドラッヘン社の独自カスタムが施されているという。苦戦は必至だ。

「まったく。人使いの荒い―――いえ、AI使いの荒い企業ですね。冗談抜きで、何かご褒美を頂いてもいいのではないですか?」
「フーム、しかしご褒美と言ってもな………」

うーん、と唸りながら悩む素振りをみせるアラン。ドロレスとしては冗談のつもりだったが、どうやら本気で悩み始めたようだ。
冗談です、と言ってしまっても良かったが、それでもアランが思いつくご褒美に淡い期待を抱いていると―――

「………お、そうだ! 天然オイルなんてどうだ、ドロレス? 合成オイルとは訳が違う、最高級オイルだ!」

―――カチン。ドロレスの中で、何かがキレる音がした。
これならどうだ、と言わんばかりに天然オイルを提示したアランだったが、労働に対してにあまりにも見合わない対価に、ドロレスは。

「………馬鹿にしないでください、アラン。私は多脚戦車ではありません。そんな物で大喜びするとでも思っているのですか?」
「ん? お気に召さなかったか?」
「当たり前ですっ!!」

通信ケーブルを伝ってドロレスの怒声がアランにぶつけられる。
珍しく怒り出してしまったドロレスに、アランは焦る。すっかり機嫌を損ねてしまったようだ。

「そ、それはすまなかった。なんだ、それじゃ要らないのか………」
「ぇ………………?」
「気に入らないのなら仕方ないな。何か別の物を………って、ドロレス?」
「………………………………」

声を荒げたかと思えば、ドロレスは急に黙り込んでしまった。訝しむアラン。

「ど………………どうした?」
「………………ぃ…………………」
「うん?」
「………………要らないとは言っていません………………」

アランは、思わず吹き出してしまった。
軽く殺意が湧いたドロレスだったが、下手に喋ると墓穴を掘りそうな予感がしたため、アランが笑っているのを終始黙って聞いていた。


―――機体の整備が終了した。全点検項目異常無し。燃料も満載だ。各種兵装の搭載も完了、ハンガーに備え付けられたマニピュレータが安全ピンを外していく。
ノーバディ、出撃準備完了。

「作戦区域はそれほど遠方でも無い―――というか目と鼻の先だ。カタパルトを使うまでもないだろう。ハンガーのハッチを開ける。そこから直接出てくれ」
「了解です」

飛行空母の下部、逆さまのフライトデッキ。先程ノーバディが格納されていったハッチが再び開いた。
そこからノーバディが再びアームに吊られて姿を現す。空母からの電源ケーブルと通信コードが機体に繋がったままだ。
エンジン点火。双発の大出力エンジンが再び咆哮する。ケーブルとコードが機体から自動的に外れ、ハンガー内部へと戻っていった。

「ドロレス、テイクオフ!」

アームのロックが外れる。重力とエンジン推力に従い、機体が真っ逆さまに落ちていく。速度が出たところで、ドロレスは機首を上げて機体を水平にする。
天使のように飛び立った純白の急襲機は、続いて飛び立つ漆黒のゴースト達に囲まれて飛び去っていった―――















































[MISSON]


「そう言えばアラン。今更遅いとは思いますが、訊いてもいいですか?」
『ゴースト部隊の出撃機数について以外ならな』

飛行空母から発艦してから数十分後。9機の異なる無人機を従え飛んでいたドロレスが、唐突に喋り出した。

「私以外のゴースト部隊の機体は、全て黒く塗りつぶして社名と部隊マークを隠していますよね。こちらの正体が敵に知られないように。
 ですが、私のノーバディにはどちらのマークも堂々と描かれていますよ。いくら目撃証言、映像記録では告訴は難しいからと言っても、危険ではありませんか?」
『そこが今回の任務の難しいところだな。
 つまりだ、奴らは自分達が「どこかの誰か」に理不尽に攻撃されたのではなく「自分達が攻撃した相手」に報復されたという認識を与えなければならない。
 この任務は「我々に手を出せば、ただでは済まないぞ」という強烈なメッセージを送りつけるのが目的なんだ』
「なるほど。ですから、こちらの正体をある程度相手に知らせなければいけないのですね」
『そうだ。ついでに言えば、ノーバディの機体には青いラインが走っているだろう? それは電子ジャマーだ。
 それが機能している限り、全ての映像機器にはオートでジャミングがかけられている。つまり、ノーバディの姿は映像記録には残らない』
「残るのは人間の記憶、目撃証言のみ………そして目撃証言だけでは、告訴はまず不可能ですね」
『そういうことだ。ま、ノーバディが敵に鹵獲されるような事態にでもなれば、話は別だがな』
「そんな失敗はしませんよ」

当然だ、してもらっては困る―――とアランは快活に笑う。
もしもドロレスとノーバディが敵に捕まるようなことがあれば、それは本社を訴えられるだけでなく、飛行空母とほぼ同じ予算を掛けて開発された新技術の全てが漏洩することになる。
そうなった場合の本社の損失は膨大なものとなるだろう。現行の急襲機など足元にも及ばない性能を有するノーバディだが、その分撃墜された時のリスクも多大なものとなる。
それを誰よりも理解しているのは、他ならぬドロレス本人だ。自身の存在が周囲にどれだけの影響を与えるのかをはっきりと認識している。1ツの意志ある兵器として、そうあるべきだからだ。
だからこそ、ドロレスは思う。

「(―――もう少し、丁寧に扱っていただいても良いのではないですか?)」

荒い。そして粗い。
正式に実戦に参加するようになってからというもの、ドロレスは幾つかの任務をこなしてきた。
そして、そのどれもが粗いのだ。お粗末と言ってもいいだろう。
任務にはリスクが付き物だとは十分に理解しているつもりだ。だが、そのリスクを減らすための努力がなされていないように思えて仕方がない。
今回の任務にしてみてもそうだ。こちらに割ける艦載機が無い? だからと言って必要最小限の部隊で放り出すのもどうだろう。
ノーバディが背負う価値、ひいては撃墜された時に生ずるであろう損害を、作戦の立案者は本当に解かっているのだろうか。甚だ疑問でしかない。

「(たしかに人命に比べれば、AIである私の存在はずっと軽いものではありますが………)」

それでも『物を大切にする』という精神くらいは胸に留めておいて欲しい。生命の無いAIにだって、そのくらいの心遣いは許されるのではないだろうか―――

『ドロレス。敵艦が迎撃ラインに侵入した。ターゲットマージ。ラバーズ1機、それからチャリオットが複数。タイプは不明』
「了解。敵機はこちらに?」
『とっくに気付いていたようだ。既に迎撃態勢をとっている。ユリックが予測していたよりも遥かに反応速度が速い。
 あのラバーズ、どうやら索敵能力も並みのモノではないらしい』

ぼんやりと思考するのは終わりだ。こちらのレーダーにもしっかり、敵のチャリオットが映っている。
旗艦に先行して蹴散らすつもりなのだろう。チャリオットが4機、ラバーズから離れてこちらに真正面から突っ込んでくる。
エンジェル3。接触まで残り15秒。

「マスターアーム、オン。ドロレス、エンゲージ!」

ドロレス、そしてゴースト部隊にアランから交戦許可が下りる。
全火器系統の安全装置解除。レーダー情報とリンクした機関砲が、敵機に向けて照準を合わせる。
敵機接近。数は4機、真正面から来る。ヘッドオンで先手を取り、ラバーズに近づけさせないつもりなのだろう。
そう推測した矢先、ドロレスのすぐそばを明るい色の光線が走った。敵機、チャリオットのレーザー兵器だ。
が、ドロレスはそれを見ても微動だにせず直進する。いくら射程距離の長いレーザーであろうと、この距離で当てるのは相当な腕が必要なはず。
この時点でレーザーを放つということは、それだけ腕に自信があるか、もしくは素人かのどちらかだ。そしてレーザーが明後日の方向を向いていることから、後者だとドロレスは判断する。
敵機が機銃の射程内に入る。すかさずドロレスとゴースト部隊は機銃を掃射する。レーザーを放ったばかりのチャリオットは、回避することもなくそのまま撃墜された。

「部隊の練度が低いですね。私はともかく、リモートの無人機に一撃で墜とされるようではまだまだですよ」

4機のチャリオットの内、2機の撃墜に成功した。
残りの2機が旋回してこちらに向かって来るのをレーダーが知らせていたが、ドロレスは構わずラバーズへと飛んだ。雑魚に用は無い。
望遠カメラでしか視えなかったラバーズが、戦術戦闘カメラにもはっきりと映るようになる。空飛ぶクジラとも言われる独特の船体がその姿を現す。

「アラン、視えました。ラバーズです。ツヴィリング・ドラッヘン社の手が加えられているそうですが、ここからでは普通のラバーズに見えますね」
『だが油断するな。どの企業のラバーズにも言えることだが、外見はともかくその中身は各々まるで違う。どんな兵器が飛び出すか分からないビックリ箱だ』
「ですが、弱点までは変えることはできないでしょう。セオリー通り、シールドの張られていない砲台正面を攻撃します」

―――は? という、状況に似つかわしくないアランの腑抜けた声が聞こえた。

『何を言っている、ドロレス?
 確かにエイリアンの戦艦にはシールドジェネレーターが存在するが、それを人類が稼働させた例は現在では皆無だ。お前も知っているだろう?』
「え?」

言われてドロレスは、ふっと思い出す。

「あ………そうでした」
『おいおい、しっかりしてくれよ』

アランの笑い声を聞きながら、ドロレスは少し混乱する。今のラバーズにシールドは存在しない。そんなことはデータベースを検索するまでもない情報のはずだ。
そもそもエネルギーを供給していたスフィアード・ペンタゴンは、もう何年も前に破壊されたままだ。なのに何故、自分はあんなことを口走ってしまったのだろう。

「(………いえ、それよりもまずは、目前の敵に集中すべきですね)」

システムに潜むバグが原因か、或いは人間らしく作られた故の『勘違い』なのか。どちらにしても、ここで考えていても仕方のないことだ。
ラバーズに付き従っていたチャリオットの軍勢が一気に散開する。多い。レーダー情報では少なくとも20機以上が確認できた。
これを自身も含めてたった10機で相手をするのかと思うと、あまりの戦力差に逃げ出したくなってくる。しかも向こうにはラバーズの対空砲火まである始末だ。
今回のゴースト部隊はR−27UとR−40Uで構成されている。
どちらも先日の輸送機護衛任務で使ったR−21Uよりはずっと性能の良い機種ではあるが、この戦力差を覆すだけの力があるとは到底思えない。
結局、今回もまたドロレスが踏ん張らなければならない。ドロレスは気を引き締め、早速敵のチャリオットが撃ってきたレーザーを最小限の機動で躱す。

『いいかドロレス、あくまでも今回のターゲットはラバーズだ。チャリオットに気を取られて逃すようなマネは避けろよ』
「はい。わかっています」
『情報によれば、ツヴィリング・ドラッヘンのラバーズに潜水能力は無いそうだ。だがその分、対空砲火は並のモノではないらしい。気を引き締めていけ!』
「了解!」

ドロレスは向かって来るチャリオットに対し機銃で牽制しつつ、標的をラバーズに定める。
敵対空砲の展開を確認。ドロレスは後続するゴースト部隊のカメラ情報を借り、自分に照準している砲塔をピックアップ、レーザーが放たれる前に射線から身を避ける。
ラバーズから繰り出される無数のレーザーを掻い潜り、ドロレスはラバーズの側面をそのまま通過する。凄まじい砲塔の数だ。潜航能力を削ってまで得ただけのことはある。
数もそうだが、おそらく出力も向上しているだろう。護衛のチャリオット程度のレーザーならまだしも、ラバーズのレーザーはかすり傷では済まなさそうだ。
だが、当たらなければ意味がない。ドロレスは側面を通過する数瞬の間に、既に砲塔の位置をほぼ正確に把握していた。
砲塔の向きを確認できれば、すぐに射線は割り出せる。人間ならば「だいだい」にしか分からない射線でも、ドロレス達AIなら「はっきり」認識できる。
ドロレスはラバーズを通過と共に反転、再びラバーズの船尾から攻撃を仕掛ける。目標はバーナーノズルだ。
シールドが無い現在は直接ラバーズを攻撃しても効果はあるが、やはり弱点があるのならそこを攻めるのが定石だろう。

「シーカーオープン。ロックオン。ドロレス、FOX2」

赤外線誘導ミサイル発射。超高温になるバーナーノズルは、ミサイルの恰好の的になる。しかも相手は愚鈍なラバーズ、この軌道ならば必ず当たる。
ドロレスに引き続いて発射されたゴースト部隊のミサイルも同じ軌道を辿る。この数のミサイルなら確実にノズルは破壊できるはず。ドロレスはすぐさま次の目標を選択する。
だが―――

「え?」

レーダーに映っていた自機、及びゴースト部隊が発射したミサイルが突然消滅した。フェイルド。

『ドロレス、ミサイルがラバーズのCIWSに迎撃された! ゴースト3がその様子を見ていた。確認してくれ!』
「了解。ゴースト3にアクセス―――」

ドロレスはラバーズの対空砲火を避けながら、ゴースト3から記録映像をダウンロードする。
―――高速で飛翔、ターゲットたるバーナーノズルへ接近する4発のミサイルの映像。
それらはバーナーノズルにあと一歩というところで、ノズル付近に設置されたレーザーにより、全弾が迎撃されていた。
ドロレスはラバーズを攻撃した他の無人機全ての映像もダウンロード。その全ての映像で同じ事態が起こっていた。

「………ミサイルが矢継ぎ早に迎撃されていますね。アラン、これは一体?」
『ユリックの解析結果が出た。全てのバーナーノズルに同じようなモノが見受けられる。どうやらレーダーとリンクした小型レーザーによる迎撃システムのようだ。
 ノズルの半径300メートル圏内に侵入してきた飛翔物体を高い精度で迎撃する。レーザーは小型故に威力は低いが、ミサイルを叩き落とすには十分だ』
「あえて小出力にすることによって、速射性を高めている?」
『その通りだ。なるほど、敵も馬鹿ではないようだ。しっかりと対策は施されている』
「つまりバーナーノズルにミサイルは効かない、ということですね」

試しにドロレスは自分の眼でも確かめてみるべく、ゴースト7に援護要請。ゴースト7はバーナーノズルに向かって1発だけミサイルを発射する。
高速で飛翔するミサイルをドロレスは観察する。それは確かに、ノズルの近辺に設置されたレーザーによって撃ち落とされた。

「やはり駄目ですね。機銃による攻撃は?」
『有効だが、それではノズルに接近してレーザーの洗礼を浴びることになるな。
 小出力レーザー故にそうそう簡単には撃墜されないだろうが、ノズルと機体、どちらの方が耐久性は上だろうな』
「物量で押し切るほどの機体はありませんしね。では敵のチャリオットを真似て、レーザーを使うのは?」
『………すまん。今回は対艦兵装ということで、どの無人機にもレーザーの類は装備させてない』
「戻って換装………なんて訳にもいきませんしね。アラン、ラバーズに直接攻撃が有効かどうか試してみます」

チャリオットのレーザーを避けつつ、ドロレスはインメルマンターン。高度を上げて上空からラバーズ本体へとミサイルを放つ。
アクティブレーダーホーミング。ミサイルはラバーズが反射するレーダー波を受け、真っ直ぐと飛んでいき―――――――――レーザーに撃墜されてしまった。

「見ていましたね、アラン?」
『ああ。ノズル付近のレーザーほど制度は高くないが、ラバーズ本体への攻撃も防がれてしまうか』
「やはり『肉を切らせて骨を断つ』しかありませんか?」

うーむ、とアランは悩む素振りをする。
それはそうだろう。ゴースト部隊の機体は、カスタム化されている分、1機あたりの単価が通常より高い。
特攻作戦こそ無人機のメリットではあるものの、使い捨てのような使い方は出来ればあまりしたくない。

『………いや、ちょっと待て。そうだ、レーザーだ! あれなら使える!』
「いえ、ですからレーザーはどの機体にも装備されては……………」
『何言っている。レーザーを装備した機体なら、そこら中で飛び回っているじゃないか』

ドロレスに向け、2方向からチャリオットのレーザーが同時照射される。精一杯の連携攻撃なのだろうが、ドロレスは簡単に躱す。
なるほど。そういうことですか―――

「なかなか酷い方法を思いつきますね。敵のチャリオットを操って攻撃、ですか」
『実戦で敵機へのハッキングを行うのは今回が初めてだな。手順を確認しておいたほうが良いだろう。
 と言っても難しいことではない。ようは敵機を撃墜寸前まで弱らせてから、機体制御に処理能力を割くフライトコンピュータにハッキングを仕掛ける。
 編隊飛行用データリンクに潜り込み、偽装したハッキングプログラムを―――』
「それ以上の説明は不要ですよ、アラン。つまりは―――」

ドロレスはエアブレーキを用いて一気に減速、自機を追い越して行ったチャリオットに対して即座に機銃を掃射する。

「―――こういうことでしょう!」

命中。破片を撒き散らすチャリオットに対し、ドロレスは敵機のフライトコンピュータに素早く侵入。
超高度なハッキングAIとしての機能を存分に揮い、チャリオットの自動操縦システムを乗っ取る。ものの数秒で機体制御を奪い取った。

「脆弱なセキュリティですね。これでは紙屑も同然です」
『お前が高度過ぎるんだよ、ドロレス。お前を超えるハッカーなんて、それこそウィザード級だろう』
「光栄です。後はこのチャリオットで―――」

ドロレスは自らの傀儡と化したチャリオットを、敵のラバーズへと向ける。目標はバーナーノズルだ。
レーザーは目視で当てるしかないため、遠隔操作でターゲットに当てるのは非常に難しい。しかもチャリオットにカメラは無く、俯瞰での操作となる。
ドロレスはチャリオットから送られてくるレーダー情報と、ゴースト部隊のカメラによって把握したチャリオットの位置と姿勢を照らし合わせ、慎重にラバーズのバーナーノズルへと照準する。

「―――レーザー照射!」

チャリオットに攻撃指示を送る。乗っ取られた火器管制システムがレーザーを選択、ドライバーの意志に関係なくレーザーを自らの旗艦へと照射する。命中した。





「―――?」

その時、ふとドロレスは―――本当に、本当にほんの少しだけだが―――これと似たような場面を前に経験したような気がした。
しかし、データベースにそのような作戦記録は無い。この感覚は一体―――?





『レーザーの命中を確認! ラバーズのバーナーノズルにダメージを与えることができた! よくやった、ドロレス!』
「え? あ、はい………」

アランの歓声で、ドロレスは我に返る。
先程の感覚が引っ掛かりはしたが、今は戦闘中だ。戦闘に関係の無いことは考えるべきではない。

「………正直、ホーミング能力の無いレーザーをリモートで当てることに不安がありましたが、上手くいったようですね」
『ほとんど目隠し状態だからな。だが、これで有効な手段だと証明された訳だ。よし、そのままソイツを使ってラバーズを墜としてやれ!』

言われるまでもなく、ドロレスはチャリオットを反転、もう一度攻撃させるべくラバーズへと向けていた。
一度は当てたレーザーだが、やはり照準が難しい。正確にターゲットに当てるには減速して安定した状態でなければならない。
ドロレスはチャリオットを一直線に向けて飛ばす。レーザー照射。再び命中。

「レーザーの命中を確認。いけます、アラン! このままこのチャリオットで―――」

そう言いつつドロレスが再びチャリオットを反転させようとした瞬間。
チャリオットからの通信が、途絶えた。

「っ!? ア………アラン! 突然チャリオットの通信が途絶えました! 何があったかそちらで確認できますか?」
『ドロレス、操っていたチャリオットが撃墜された!』
「え? た、確かにゴースト部隊のIFF(敵味方識別装置)は傀儡チャリオットも敵機として識別しているとは思いますが、ユリックもそれぐらいの融通は―――」
『違うドロレス! 撃墜したのはゴースト部隊ではない。奴らのラバーズだ!』
「………はい?」
『奴ら、自分達の僚機を撃墜したんだ!
 旗艦を墜とされるよりはマシということだろうな…………確かに合理的な結論だが、まさか味方に対してレーザーを放つとは………!』

ドロレスはその様子を見ていたという無人機の映像を閲覧する。確かにラバーズから放たれたレーザーが、傀儡チャリオットを鉄くずに変えている。
AIに人道という概念など存在するはずが無いが、それでもドロレスはその光景が信じられなかった。
そして、そんな感覚を抱いている自分に驚いた。自分だって、先日のミッションでは味方の無人機を残骸にさせた。
そんな自分が『仲間を見捨てる』という行為に、そう、これは怒りを覚えている。可笑しな話だ。

『………仕方が無い。こちらも手段は選んでいられない。ドロレス、他のチャリオットの制御を奪い、攻撃を続けろ! ハッキングはお前にしかできないんだ!』
「了解しました」

ドロレスは次なる生贄を定める。ちょうど前方に旋回中のチャリオットを発見する。
ドロレスは即座に敵機の軌道を演算する。その結果に従い、ノーバディは敵機の予測軌道上に向けてミサイルをリリースした。偏差攻撃。
ミサイルは何も無い空間、だが未来にその地点に存在するであろうチャリオット目掛けて飛んでいく。チャリオット接近。直撃する寸前に、ドロレスは信管を作動させた。
チャリオットの間近で自爆するミサイル。直撃してしまうと撃墜する恐れがあるため、ドロレスは敢えてミサイルを当てない。
それでも敵機には十分なダメージを与えることができたようだ。黒煙を上げるチャリオット。その黒煙がフュエルカットにより白煙に変わる頃には、既にドロレスは制御を乗っ取っていた。

「(味方を攻撃させられ、そして味方に撃墜されるというのは、どういった気分なのでしょうね)」

顔も名前も知らないチャリオットのドライバー。自ら死地へと赴かされる哀れな犠牲者に、ドロレスは少しの同情を寄せる。
が、手を抜くつもりはない。ドロレスはチャリオットをラバーズへと向ける。このチャリオットの通信回線は封鎖しているため、ラバーズにはまだ気付かれていないだろう。
慎重に、今度はバーナーノズルではなく、その近くの迎撃レーザーに照準を合わせる。
元々高温に強いバーナーノズルをレーザーで破壊するのは効率が悪い。ならば、ミサイルを迎撃する邪魔なレーザーを破壊し、それから改めてミサイルでノズルを狙うのが効率的だろう。
先程は初弾だったためにレーザーの精度が悪く、ラバーズの小さな迎撃レーザーを狙うのは難しかった。だが2度の遠隔操作による攻撃により、ドロレスはレーザーの照準精度を上げることができていた。
更に、今度のチャリオットには戦闘記録用のものであろう、そこそこ性能の良いカメラが付いていた。今度は俯瞰ではなく、主観で遠隔操作できる。
ドロレスはチャリオットのカメラにラバーズを捉える。レーザーの照射装置は小さい。だが当ててみせる。

「ラバーズの右舷バーナーノズル、迎撃システムに照準―――」

チャリオットがラバーズに接近する。ラバーズは様子がおかしい味方機にまだ気が付かない。

「―――レーザー照射!」

チャリオットが淡い光線を放った。直線を描くコヒーレント光は、正確にラバーズの迎撃レーザーに収束した。命中。
そこでラバーズはやっと操られたチャリオットに気が付いたのだろう。即座に傀儡チャリオットに対してレーザーの雨が浴びせかけられる。
ドライバーの悲鳴を想像しながら、ドロレスは死の雨の中を泳がせる。

「どうです、アラン。迎撃装置の様子は?」
『………駄目だ、完全には破壊できていない。まだ機能している』
「ならもう1度………!」

ドロレスはチャリオットをハイGターンさせる。リミッタなど関係無い。恐らくドライバーはブラックアウトしているだろうが、そんなことは知ったことではない。
だが寧ろそれは慈悲とも言える。なにせ、未だにチャリオットに向けてレーザーを放ち続けるラバーズに、自ら突進していく光景を見ないで済むのだから。

「ラバーズに接近………あっ!」

ラバーズのレーザーがチャリオットの左翼を掠めた。ノーバディなら十分躱せていただろうが、チャリオットではレスポンスの差で遅れてしまった。
だが、まだ撃墜されてはいない。構わずドロレスは満身創痍のチャリオットをラバーズへと突撃させる。レーザー、スタンバイ。

「―――これで終わりです!」

レーザー照射。この世で最も速い攻撃が、ラバーズの迎撃レーザーを直撃する。命中。
それと同時に、ラバーズのレーザーがチャリオットを貫いた。恐らく燃料タンクに命中したのだろう。チャリオットは爆散、撃墜された。

「アラン、どうですか?」
『迎撃レーザーの破壊を確認した! これでラバーズの右舷バーナーはがら空きだ!』

ドロレスは試しにバーナーノズルに向かってミサイルを発射した。緩いカーブを描いて飛翔するミサイルは、確かに苦もなくバーナーノズルに直撃した。

『ラバーズは片方のバーナーが全滅すれば、姿勢制御ができなくなって墜落する。全機、右舷バーナーノズルに攻撃を集中!』

チャリオットとの交戦を終えた無人機達が、一斉にラバーズの右舷へと集まっていく。それを敵のチャリオットが阻止しようとする。
しかし、交戦時には20〜30機はいたチャリオットの軍勢が、今や半分以下になっていた。
ゴースト部隊と、それからチャリオットの遠隔操作と同時並列で行っていたドロレスの戦闘行動の結果だ。こちらの損害はゼロ。
最初は数こそ勝っていたが、ドライバーの方はあまり質が良くなかったことにより、今では完全に形勢が逆転している。

「もはや勝ったも同然ですね」
『こらこら気を抜くな。ひょんなことから形勢がひっくり返されることだってあるんだ』
「わかっていますよ、アラン。とにかくこのままラバーズのバーナーを―――」

潰すだけです、とドロレスが言おうとした途端。

急激にラバーズが加速し始めた。

「っ? アラン、ラバーズが進路を変えて加速しています。いえ、ラバーズだけでなく、敵のチャリオットも………」
『なんだ、敗北を悟って今更撤退か? ハッ、この状況で逃す訳が―――』
「………いえ、違いますアラン! 敵の通信を傍受しました!」

突然焦りだしたドロレス。
ドロレスは急いでユリックからGPS情報をダウンロードする。やはり間違いない。敵の狙いは―――

「敵の狙いは、飛行空母です!!」
『なんだって!?』

ドロレスはラバーズとチャリオットの進行方向に、確かに飛行空母が存在することを確認する。やはりそうだ。敵はデウス・エクス・マキナに向かって、一直線に進んでいる。

『そんな馬鹿な!! 何故この場所がバレた!?』
「傍受した通信の内容からすると―――敵は賭けに出たようです。飛行空母が潜伏していそうな雲に、場当たり的に攻撃するつもりです!」
『で、見事大当たりか! クソッ! これがあるから人間は………!』
「アラン、緊急退避を!」
『…………無駄だ。ノロマな飛行船でラバーズから逃げ切るなど不可能だ! だが大丈夫だ、手はある。お前は護衛のチャリオットだけなんとか全滅させてくれ!』
「ラバーズはどうするのですか?」
『手があると言っただろう。それよりもチャリオットが厄介だ。頼む、ドロレス!』
「了解!」

ドロレスはラバーズを置き去りにし、先行して飛んでいくチャリオットを追いかける。他のゴースト部隊も全機がその後を追った。
チャリオットは全速力で空母がいそうな雲を目指す。不幸にも、その雲は大当たりだ。チャリオットが目指す大きな雲には、ゴースト部隊を操るデウス・エクス・マキナが潜んでいる。
もしもチャリオットの軍勢に突撃などされようものなら、空母の軽金装甲など紙クズに等しい。空母に辿り着かれる前に撃墜するしかない。
だがしかし、ドロレスの乗るノーバディは最高速度において従来の急襲機と大差ない性能だ。先を行くチャリオットになかなか追いつくことができない。
このままではまずい。

「アラン、ハンガーに急襲機は!?」
『R−32Uが4機だ!』
「それを今すぐ発艦させてください! 私がそれでチャリオットを迎撃します!!」
『だがそれではこちらの居場所が………いや、もうほとんどバレてるようなものか。わかった、緊急発艦させる!!』

雲の中のデウス・エクス・マキナから、4機の急襲機が突き抜けてきた。それと同時にレーダー上に現れる機影。
敵も気が付いただろう。たった今急襲機が出てきた雲が、飛行空母が纏うステルスだということに。
ドロレスは即座に4機のコントロールに移る。ノーバディの方は必要最小限の機能だけを残し、後の処理能力を全て4機へ回す。
状況が状況だ、少しくらい荒く使っても大目にみてくれるだろう。
アランによって改良されたR−40Uがノーバディを追い越していく。R−27Uの方はずっと後ろだ。こちらは恐らく間に合わない。
R−40UとドロレスのR−32U、これでチャリオットを墜とすしかない。
敵機接近。ドロレスの操る4機のR−32Uに向かって、チャリオットからレーザーが放たれる。
ミサイルよりも射程の長いその光線をドロレスは少し大げさに避ける。4機同時に操る以上、どうしても操作は粗くなる。
それでもドロレスはリモート無人機を正確にレーザーに沿うようにして滑らせる。真正面に来たチャリオットに対して、4機は同時にミサイルを全弾発射する。
降り注ぐミサイルの雨を、チャリオットは身を捩って必死に躱す。命中。チャリットの数が一気に減る。だがミサイルの雨を掻い潜った生き残りがいる。残りは―――6機。
R−32Uには脇目も振らず、一目散に飛行空母のいる雲へ向かうチャリオット。空母さえ墜とせばゴースト部隊は止まる。
そうはさせまいとR−32Uも全力で反転、素通りしていったチャリオットを追う。機体の設計限界を超えるハイGターン。
これはX線検査決定ですね、とドロレスは場違いなことを思う。
空母の雲まで残り10マイルも無い。雲に辿り着く前に撃墜しなければ。

「アラン、R−40Uの制御をこちらに!」
『分かった! R−32Uはこちらで飛ばす! 絶対に空母に近づけるな!!』

旋回するR−32Uと入れ替わるようにして、4機のR−40Uが高速でチャリオットを追いかける。遅れてノーバディが続く。
最高速度は自分達の方が速い。しかしそれでもチャリオットとの距離はなかなか縮まらない。
ミサイルは先のラバーズ戦で使い切ってしまっていた。撃墜するには機銃しかない。
敵機がR−40Uの機銃射程内に入る。即座にドロレスは機銃掃射。6機のチャリオットの内1機はそれで被弾したが、速度を落としただけで撃墜には至らない。
黒煙を上げるチャリオットはターゲットから外した。この様子では後から来るノーバディで十分撃墜可能だ。残り5機。
チャリオットは各々バレルロールを描いて機銃を躱す。危うく追い抜きかけながらも、ドロレスはなんとかR−40Uをチャリオットの後ろに張り付けている。
機銃の残弾も残り少なくなっている。あまり無駄な弾は撃てない。
ドロレスは遠隔操作の4機の内1機に処理能力を集中させる。バラバラに狙うよりも、その方が効率的だと判断したからだ。
何よりも相手側には1機、R−40Uのついていないフリーのチャリオットがいることが問題だった。その1機は一直線に飛行空母へ向かっている。
ドロレスは焦らない。追っている4機の中で、一番飛び方の甘いチャリオットを正確に選び抜いた。ほとんどの処理能力をそこへ集中する。
敵機がガンレティクルに収まった瞬間、即座に機銃を掃射する。命中、撃墜。これでフリーだった最後の1機に宛がうことができる。


だが、間に合わない。チャリオットはもうすぐ雲の中に突入しようとしていた。


機銃の届かない位置だ。ミサイルなら何とかなるかもしれないが、R−40Uは全機ミサイルを撃ち尽くしている。
絶体絶命。チャリオットのドライバーは勝利を確信した。


しかし、それも束の間のことだった。チャリオットのコックピット内に響く被弾アラート。エンジン出力が急激に低下した。


飛行空母まであと一歩というところで、チャリオットは失速。海へと向かって墜落していく。
その様子を撃墜されたチャリオットの仲間達は信じられない目で見ていた。いや、わかっている。何が起こったのかは理解できる。
何故ならそれは、彼らの旗艦であるラバーズが受けた攻撃と同じものだったからだ。

「言ったはずですよ。こんなセキュリティは紙屑同然です、と」

チャリオットのドライバー達は、思わず振り返る。そこには純白のノーバディ、そして、黒煙を噴き上げて付き従うチャリオットの姿があった。
紙屑同然とは言ったものの、正直あれだけ処理能力を遠隔操作に回している状態でハッキングに成功したのは、幸運だとしか言いようがなかった。
撃墜せずにハッキングを試みたのもまた偶然だ。最初は回避機動もとれないチャリオットなどハッキングするに値しないと思ったのだが、万が一を思った行動だった。
そしてドロレスに乗っ取られた哀れなチャリオットは、そのレーザーによって仲間を撃墜させられることとなった。

「動き回るターゲットに当てるのは難しいのですが、ご丁寧に真っ直ぐ飛んでいてくれましたからね。意外と簡単でした」

動揺するチャリオットのドライバー達。そんな隙をドロレスが見逃すはずがない。すぐに残っていた3機のチャリオットは、R−40Uの機銃で撃墜された。
ドロレスに操られたチャリオットもまた、その仲間の死に同調するかのように爆発する。
そういえばフュエルカットしてあげるのを忘れていましたね、とドロレスは無感動に思う。
チャリオット、全機撃墜。

「アラン、こちらは片付きました。ですが……………まだ厄介なのが残っていますよ」
『わかっている』

ドロレスは後方を振り返る。チャリオットが稼いだ時間のお陰なのだろう。既にラバーズは飛行空母の間近まで迫ってきていた。
ラバーズから周囲のゴースト部隊に対して、一斉にレーザーが放たれる。ドロレスは無人機のコントロールをユリックに返し、ラバーズのレーザーを避ける。

「それで、どうするのですか、アラン? もうミサイルはほとんど残っていません。機銃でアレを墜としている時間はありませんよ」
『十分だ。あとはこちらの仕事だ。お前はラバーズから離れていろ』
「………了解」

命令に従い、ドロレスはラバーズから距離をとる。他のゴースト部隊もそうだ。全機が一斉にラバーズから離れていく。
邪魔者が道を開けたことで、ラバーズは一直線に飛行空母へと向かっていく。
しかし肝心の飛行空母は迎撃するような素振りは見せない。流石に焦ったドロレスがアランに叫ぶ。

「アラン、ラバーズがすぐそこまで来ています! 何か手があるのならすぐに………!」
『――――――「レーヴァテイン」』
「………え?」
『「ブリューナク」「ヴァジュラ」「デュランダル」。「金剛如意棒」なんて呼び名を付けられたこともあったな』

唐突に何かの固有名詞を呟き始めたアラン。咄嗟にドロレスはデータベースを調べる。どうやら神話の武器らしいが、それがどうしたのだろうか。

「アラン、一体何を……………」
『世間ではこれを「超電磁砲」の一種だと噂しているそうだ。あながち間違いではないが、それはこいつの本質とは言い難い。
 電磁カタパルトで撃ち出すのは、敵艦の堅い装甲を貫通させるためだ。破壊するためではない。
 その真価は弾体内にある。敵艦内部に潜り込んだ小さな弾体そのものこそが、これの本質だ―――――』

空に重い金属音が響き渡る。ドロレスはこの音に聞き覚えがあった。空母の電磁カタパルトだ。大気に重々しく響き渡るこの音は、あの巨大な鉄の柱が動いている時の音だ。
ラバーズがいよいよ飛行空母を射程範囲内に捉えようとした、その時。

『――――――「対消滅砲」発射ッ!!』

飛行空母を覆っていた雲が、突如、穴が空いたように円形に撒き散らされた。続いて広がる衝撃波。そして轟音。
電磁カタパルトがその長大な砲身を使って何かを高速で発射した。辛うじてノーバディのカメラに捉えられる速度で発射されたそれは、どうやら砲弾のようだった。
砲弾はラバーズに直撃する。その凄まじい運動エネルギーを叩きつけられたラバーズは、しかしそれでもほんの少し傾いただけだった。が。


その直後。ラバーズは内部から大爆発を起こした。


内部から広がる真っ赤な火の玉に包まれて、捻じれ落ちていくラバーズ。―――有り得ない光景。あんな小さな砲弾で、こんなことが起こる訳がない。
しかしそれは実際に眼の前で起こっている。凄まじい熱量に曝されたラバーズは、一部融解してしまっている。

「なっ―――!?」

ドロレスには何が起こったのか全く分からない。飛行空母の電磁カタパルトは、急襲機を高速発艦するための実験的設備に過ぎないはずだ。
確かに使い方によっては超音速で弾丸を発射するリニアレールガンになり得る。しかしどれだけ速い弾丸が突き刺さろうとも、こんな結果にはなり得ない。

「アラン、こ、これは一体………!?」

ドロレスはアランに問い掛けながら、その一方、バックグラウンドで付近を飛んでいたR−40Uに情報を要求する。
ゴースト部隊の無人機はその全てがまったく同じ装備をしている訳ではない。
戦場で起こり得るあらゆる事態に対応できるように、各々の機体にはそれぞれ別の機器が搭載されているのだ。
ドロレスが選んだR−40Uに積まれているのは、放射線測定器。原子の崩壊に伴って発せられる粒子線や電磁波を測定する機器だ。
ドロレスは該当するR−40Uから計測データを取得する。ガンマ線、つまり電磁波に関して明らかに異常な数値が確認された。

「まさか、これは核―――!?」

言ってからドロレスは、瞬時にその可能性を否定した。
アランの発言からすれば、この大爆発はデウス・エクス・マキナから発射された弾体にこそ秘密があることになる。
確かに放射線が観測されている以上、核爆発を疑うのは常識だ。特にあの爆発の規模からすれば尚更だろう。
しかし、あの弾体の中に核物質が封じ込められていたとは考えにくい。核爆発を引き起こすほどの構造を組み込むには、あまりにも小さすぎるからだ。
仮にあの小さな弾体に核が詰め込まれていたとしても、ここまでの威力を引き出すのは不可能に近い。
普段から自分達が使っている化学反応によって物質からエネルギーを取り出す方法に比べれば、核反応は遥かに効率よく莫大なエネルギーを取り出せるのは事実だ。
事実だが、それでもたったあれだけの質量でこれほどまでの大爆発になるとは思えない。
核ではない。では、これは一体―――?

『お前が眼にするのは初めてだったな。ドロレス、これがデウス・エクス・マキナの主砲対消滅砲」だ』
対消滅……………? では、あの弾体の中身は反物質なのですか?」

―――反物質。この地球上でたった1秒たりとも存在を許されないモノ。
それは地球上の物質と触れ合った瞬間、対消滅を起こし、質量の消失と引き換えに莫大なエネルギーと化す。
その凄まじいエネルギーは、たった1グラムの反物質でタンカー1隻分の氷が蒸発するほどだ。1グラムの石油ならコップ一杯の水を沸騰させることさえ出来ない。

「……………こんな恐ろしい兵器、よく作りましたね」
『飛行空母のほぼ唯一の迎撃兵器だ。電磁カタパルトで打ち出す徹甲榴弾。滑空砲としては、間違いなく史上最強の兵器と言えるだろうな』

ドロレスは唸るように感想を述べる。自慢げに話すアランだったが、ドロレスはこの兵器に、味方であるにも関わらず危機感を覚えていた。
あのエイリアンの空中戦艦を、たった一撃で撃沈してしまった。大戦中に地球側の航空兵器を散々苦しめた、あの超兵器をだ。

――――――この兵器は、下手をすれば世界を揺るがしかねない。そうドロレスは確信する。

『お前の考えていることはわかっているぞ、ドロレス』
「………なんのことですか?」
『とぼけるな。さすがに私だって、こんな兵器をむやみやたらに使う訳ではない。現にお前、今の今までコイツの存在を知らなかっただろう』
「それはそうですが………」
『世間でも、コイツは実在しない幻の兵器だと思われている。大丈夫だ。今のところコレは私だけの独占技術で、今後ともコイツの技術を公表するつもりはない』
「………なら良いのですが」

ドロレスはまだ何か言い足りない様子だったが、それは自分が口出しすることではないと悟ったのか、それ以上は何も言わなかった。

『とにかく、今回も無事にミッション完了だ。空母に戻ってくれ、ドロレス』
「はい、了解です………………あ、ところでアラン」
『うん? どうした?』
「天然オイルの約束、忘れていませんよね?」
『……………………』


――――――沈黙が流れる。


「わ・す・れ・て・いませんよね?」
『…………大至急、用意しておこう』
「はい。お願いしますね」


コンプリート・ミッション。RTB―――