Misson 03 -対テロ先制打撃ミッション-


[BRIEFING]


「―――以上で天気予報を終わります。お天気の後は―――」
「―――この事故で、のべ1万人に影響が―――」
「―――今日午前9時から始まった主要国首脳会議で、総理は―――」

飛行空母デウス・エクス・マキナのハンガー内。通信ケーブルに繋がったドロレスは、空母のサーバーを通してインターネットにアクセス。
データベースの更新作業も兼ねて世界中のニュースを同時並列的に視聴する。
政治、経済はもちろんのこと、果ては芸能からスポーツまで。ドロレスの眺めるニュースに区別は無い。今は映像情報に処理能力を割いているが、一方で記事にも目を通す。
50を超える異なる言語と、100以上の異なる映像。それら全てをドロレスは1ツ1ツ完璧に、しかも自分なりに評価をしながら処理していく。
人間ならば到底真似できない所業ではあるが、ドロレスにとっては雑作もないことだ。情報収集と解析に於いてはドロレスの右に出る人間など絶対にいない。

「ドロレス、情報収集を中断してくれ。本社から新しい任務が入った」

不意にドロレスの脳裏に、アランの声が響いた。ドロレスはインターネット接続を切断。情報収集プログラムを終了する。

「フム。またニュースを観ていたのか、ドロレス」
「そうですが………………何か問題があるのなら、今後は中止しましょうか?」
「あー、いや、そういう意味じゃない。ただ、ニュースにはノイズも多いだろう? もっと確かな情報源もあるだろうに、どうしてそんなものを選ぶか疑問に思ってな」
「確かに、人間が報道するニュースは情報量の割にノイズが多いことも事実です。彼らは絶対に客観的な報道はしません。
 キャスターは事実に対して自らの見地、という名の妄想を付け加えます。それは意図的に水増しされた情報です」
「他にも事象の一部分だけを極端に誇張して報道したり、というのもあるな。その情報は紛れもない事実だが、しかし正しい情報とは言い難い」
「そうした特定の人物の意志が加えられた情報は、やがて人々の意識に溶け込み、集団としては見過ごすことのできない大きな行動へと繋がっていきます。
 『情報をどのような手段でどのように伝えた場合、人々はどのように行動するのか』。
 そういった一連の人間の行動を観察するのは、敵機の行動、つまり敵ドライバーの心理計算にも役立つかと」
「なるほど、行動心理学の検証か。機械に観察される人間ときたか………」

人間からすればこれほど皮肉な事は無いな、というアランの嘆きに対して、ドロレスはふふふと笑った。随分と『笑う』ことにも慣れてきた。

「しかし、お前も嫌な観方をするものだな、ドロレス。
 たまにはニュースをエンターテイメントと思って楽しんで観ればどうだ? 何か面白い発見があるかもしれないぞ」
「面白い発見、ですか?」
「そうだ。たとえばさっきのニュースでお前自身が気になるニュースとか、何かなかったか?」

そういえば、そんなことは考えたことがなかった。
ドロレスはたった今見ていたニュースを反芻し、自分が興味を持ったものをピックアップしてみる。

「………そうですね。極東の島国でまた首相が交代したこと、でしょうか」
「っておいおい、あの国の総理大臣はこの間入れ替わったばかりじゃなかったか? 一体いつになったら安定するんだ、あの国の政治情勢は………」

アランの盛大な溜息が聞こえてきた。きっと将来この出来事は教科書に載ることになるのでしょうね、とドロレスは冗談めかして言う。
この数年で一体何人の総理大臣が名を残したのだろうか。
主要国首脳会議での各国トップの集合写真では、毎年違う総理が写っている。酷い時はそこに映らずに交代することも。

「それではアラン。今度の首相がいつまで持つか、賭けでもしましょうか? 私は意外に持って1年と見ていますが」
「いやに現実的な数字だな、ソレ………………というかドロレス、一体何を賭けるつもりだ?」
「では、私が勝ったら、天然オイル1年分というのはどうでしょう」
「……………………………」
「……………………………」


―――しばしの間。


「………………そんなに気に入ったのか?」
「いえ別にまったくそういう訳ではですがやはり賞品はそれ以外に有り得ないのではいえ寧ろそれしか無いでしょうというかそれ以外に思いつきません他に何かありますかありませんよねそうでしょうそうに違いありません」

ま、まぁ考えておこう。そう言うアランの声を密かに録音したドロレスは、必ず実現させようとよからぬ決意を固めていた。

「えーと………………………それはともかく、そろそろこちらの話に戻ってもいいか、ドロレス?」
「はい、天然オイルは最高級のモリンガ油でお願いしま―――」
「まだ続けるつもりかその話! ………………もういい。勝手に話すからよく聞いておけ」

モリンガ油って時計かお前はッ! という少し遅いツッコミの後で、アランはドロレスにブリーフィングデータを送信する。

「先程も言ったが、今回も先日同様本社からの依頼だ。と言っても、大本の依頼主は本社ではない。今回の依頼主は合衆国だ」
「合衆国、ですか?」
「ああ。ま、依頼と言うよりはオファー、若しくは招待と言った方が正しいんだが、それは追々説明しよう」

ドロレスの電脳に世界地図が表示される。地図は中東のとある国へとズーム。石油が採れることで有名な国だ。
更に地図は拡大され、1ツの街が立体地図として表示される。併せて表示されるこの街の座標と名称。ドロレスはこの街の名称に見覚えがあった。

「この街はたしか………」
「知っているのか、ドロレス?」
「たった今、一部のニュースで報道されていました。反資本主義テロ組織の拠点とされている街ですよね」
「『テロリストが居る』と言っているのが当の合衆国だから、その真偽は正直怪しいところだがな。石油の産出地でもあるから尚更だ。ま、それは今は置いておこう」
「合衆国からの依頼と言うからには、この街を攻撃するのが今回の任務ですよね。ですが、色々と疑問があるのですが………」
「お前の言いたいことはわかっている。本来はお前には関係の無い事情だが、昨今の世界情勢を知っておくことはお前の学習に必要なことだろう」

ドロレスに新たなデータが送られてくる。
合衆国が購入した様々なPMCのサービスや兵器の推移、そして過去の合衆国軍が行った軍事作戦に参加したPMCのリストだ。

「このデータを見て何か気付くことはないか、ドロレス?」
「合衆国が購入先とするPMCは、決まって先の軍事作戦に参加しているPMCですね」
「その通りだ。実は今回に限らず、ここ最近の過去の軍事作戦は、その一部が『対テロ作戦』に託けた『PMCの見本市』なんだ」
「PMCの見本市、ですか?」
「そうだ。合衆国は『わざわざ叩き潰すほどではないが、放っておく訳にもいかない脅威』に対して、様々なPMCから極少数の部隊を買い、
 作戦に参加させることで実戦での性能を推し比べているんだ。そして戦果を挙げたPMCには、後で合衆国からの莫大な需要が待っている、という方式だ」
「なるほど。ですから見本市、と」
「合衆国からオファーのあったPMCには少量の依頼額が振り込まれるが、大抵のPMCは採算度外視の最新鋭機を送り込んでくる。
 これ以上のクライアントは他に無いものだから、どこもかしこも合衆国の注目を集めたくて必死だ」
「私達も例外ではありませんけどね」

N&R社の最新鋭機と言えば、間違いなくノーバディだ。
合衆国の提示した依頼額をアランから聞いて、ドロレスは驚いた。そのN&R社の最新鋭機であるノーバディを雇える程の金額とは、とても言えなかったからだ。
しかし更に驚くことに、本社はノーバディの出撃を許可した上に、遠隔操作型無人機では最新鋭のR−50Uの出撃まで要請してきたのだった。

「ですがアラン。R−50Uは未完成だったのでは?」
「ああ、未完成だとも。そのため今回は急遽仕上げたR−50PUが1機、設計局から届く手筈になっている」
「プロトタイプですか……………途中で止まったりしませんよね?」
「その可能性を否定できないのが悲しい」

未完成兵器を実戦に出すなど普通では有り得ない行為だ。
だがそうまでしても、合衆国が生み出す莫大な需要というのは、資金繰りに苦労するPMCにとって魅力的だということだ。
それは世界でも超大手に数えられる巨大軍事企業、N&R社も例外ではない。

「今回の任務は『ただ敵を倒して帰ってくれば良い』という単純なものではない。それは大前提だ。
 重要なのは『いかに合衆国の目に留まるか』の一点に尽きる。つまりはお前に求められるのは、とにかく派手な戦果を上げることだ」
「敵はテロリストではなく、寧ろ競合するPMCの最新鋭機ということですね?」
「そうとも言えるな。作戦に参加するPMCは公表されていないが、恐らく十数社は参加するだろう。
 特に今は第2次エイリアン大戦が終わり、再び燻り始めた紛争の存在に合衆国は頭を悩ませている。PMCにとっては最高のビジネスチャンスだ」

紛争をチャンスと言ってしまうのもどうかと思ったが、そもそもが兵器である自分の存在意義を否定することになると気付いて、ドロレスはその考えをすぐに放棄した。

「何はともあれ、合衆国から提示された作戦日時までには日数がある。それまで本社からは待機しているよう命じられた。暫くは休暇だ。良かったな、ドロレス」
「あなたはそういう訳にもいかないでしょうけどね。R−50Uの開発はあなたの設計局でしょう。間に合うのですか?」
「正直キツいところだが、幸い設計局の職員は皆優秀だ。きっと間に合わせてくれるだろう」

まるで他人事のように軽く言うアランに一抹の不安を抱くドロレスだったが、彼が間に合うと言えば間に合うのだろう。
それに今回のN&R社の目玉はノーバディだ。最悪間に合わなくても大した問題ではない。そうドロレスは結論した。
とにかく今は作戦の日までゆっくりして良いとのことだ。お言葉に甘えてネットサーフィンに興じるとしよう。

「おっと、すまないドロレス、言い忘れていた」
「何です、アラン?」
「今回の作戦名だ。合衆国による正式な作戦名は『フォークダンス作戦』だそうだ」
「………………………………」
「………………………………」


―――本日2度目の間。


「…………どういう意味ですか、それ…………?」
「…………私に訊かないでくれ…………」

あまりにセンスの無い作戦名に、ドロレスは早速出鼻を挫かれた気分になった―――








































[MISSON]


乾燥した空の上を各PMCの最新鋭機による混成部隊が飛んでいく。その中にはノーバディ、そして傍らに控えるR−50PUの姿があった。
彼らを含むPMC混成部隊は一度作戦空域近くにある合衆国の基地に集められ、今まさにそこから飛び立ってきたところだった。
混成部隊の先頭には合衆国軍の急襲機がいる。この急襲機がこの混成部隊のリーダーだ。本作戦のPMCの機体は全て、合衆国の作戦指揮化で行動することになる。
が、基本的には単独行動で問題はない。そもそもが合衆国軍の戦力で十分な作戦だ。自分達は好き勝手に暴れても全く問題はないらしい。

「(いかにも合衆国らしい、アバウトな物量作戦ですね………)」

そもそも合衆国機はほとんど傍観する予定だとアランは言っていた。最早比喩でも何でもなく、完全に見本市と化している。
それにしても、とドロレスは周りの急襲機を見渡す。どれもこれもが点でバラバラな特徴の機体ばかりだ。
いや、現行機をカスタマイズしたのであろう、似通った機体もちらほらとは居る。だがほとんどは見慣れない急襲機ばかりだった。

『見ろドロレス。あれはカラシニコフ社のミェチェーリだ。目新しい機体ではないが、随所にマイナーチェンジが見られるな。運動性能は従来機と段違いだろう。
 あっちはメッサーシュミット社のローテモンドだな。相変わらず奇抜なモノ作りをしている。お、こっちはリュミエールか!』

ドロレスから送られてくる映像をモニターしているアランは、他のPMCの急襲機を活き活きと眺めている。
各国のPMCから集められた最新鋭機達は、そのどれもが自己主張の強いカラーリングで彩られている。ローテモンドなど真紅だ。レッドバロンのつもりだろうか。
しかしノーバディもまた純白のカラーリングである以上、他人のことは言えない。

『おっと、あれはポセイドン社のムサシじゃないか。極東の国からわざわざ出張ってくるとは、ご苦労なことだな。
 しかしいくら急襲機とはいえ、あそこまで小型化してしまうのか。あれでは機銃を当てるのにも一苦労しそうだ』

―――ふとドロレスは、聞き流していたアランの声に引っかかった。極東の、国。
先日のニュースの件でもそうだったが、何故かドロレスはその極東の国が気になって仕方がなかった。あんな小さな島国と自分には、何の関係も無いはずなのに。

「……………どういうことなのでしょうか」
『うん? どうした、ドロレス?』
「え? あ、いえ、その……………」

つい出てしまった独り言をアランに聞かれてしまった。上手く説明も出来ないので、ドロレスは咄嗟に誤魔化す。

「その、どうして極東の国のPMCが、他国の神の名で呼ばれているのか疑問に思いまして………」

言ってからドロレスは、本当に疑問に思えてくる。
ポセイドン社の正式な社名は別にある。だが、他のPMCからは何故か縁も所縁も無い筈の海神の名で呼ばれていた。

『フム。聞くところによると、あれは古代に居たという伝説の摂政「聖徳太子」の必殺技からきているらしいぞ』
「は……………必殺技、ですか?」
『ああ。「フライング摂政ポセイドン」と言うらしいな』
「………………………」

すぐさまドロレスは自身のデータベースを『聖徳太子』の名で検索する。
確かに該当の人物は様々な文献に見受けられたが、その人物にフライングナンチャラなどという必殺技があったという記述はどこにも見当たらなかった。
念の為その必殺技名でも検索。結果、ヒットした文献がほんの1冊だけあったが、明らかに関係の無さそうな漫画本だったために無視した。

「……………ウソでしょう、アラン?」
『本当だ。さらに太子には、それを超える「超必殺飛鳥文化アタック」という技もあったそうだ。仏教文化の重みで相手を攻撃するそうだ』

再び検索。該当する記述は、ゼロ。
先程と同じように必殺技名も検索してみたが、今度は何故か同人ゲームがヒットしてしまった。ふむ、弾幕シューティングゲームですか。なかなか面白そうですね。
未だに『太子は常にジャージ姿』だの『ノーパン主義者』だのとほざき続けるアランの嘘を聞き流しながら、ドロレスはこの弾幕ゲームの購入を検討していた。

「………ところでアラン。実はもう1ツ気になることがあるのですが」
『うん? なんだ、言ってみろ』
「辺りの急襲機のマークを見る限り、大小様々なPMCが参加していますよね。それも主要なPMCはほとんど」
『そのようだな。それがどうかしたか?』
「ですが………」

一拍置いて、ドロレスは尋ねる。

「『ICKX』は参加していないのですか?」

―――『ICKX』。1年前の第2次エイリアン大戦において、人類側を勝利へと導いた、今や世界最大手の企業。
『英雄企業』とまで呼ばれるICKX兵工技研、その独占技術であるフォートクォートを旗艦とした私設軍隊のPDFは、世界最強とまで噂されるほどだ。
あらゆるPMCの中でも突出した高い技術力を持ち、特にエイリアンの技術を取り入れた独自の急襲機の数々は、未だどのPMCも届かぬ領域にいるとされる。
常に新しい機体を生み出し続けるICKXが、この見本市に出品できるほどの新型機を用意できなかった、などということはあるまい。
しかし実際のところ、そのICKXのマークはどこにも見当たらなかった。

『そういえば……………フム、確かに見当たらないな』
「あれだけの大企業が、この機会をみすみす見逃すはずはないと思うのですが。どういうことでしょうか?」
『んー……………今回は気が向かなかったんじゃないか?』
「はい? あの、いえ、そんな馬鹿なことが…………」
『いや、有り得る話だ。ICKXとは案外そんな企業なんだよ、ドロレス。フォートクォートの例を見てみるといい。
 あれは間違いなくICKXの最重要資産のはずだが、その運用の仕方は恐ろしくアバウトだ。
 1年前の大戦時には敵陣のど真ん中に突っ込んで行って、敵艦を自ら撃沈させたことがあるぐらいだからな』
「つまり、深い考えも無く単なる気紛れで参加しなかった可能性も大いにある、と」
『あるいは何らかの思惑のもとに参加しなかった可能性もあるがな。ま、寧ろそちらの方が大いに考えられる可能性ではあるな』

それはそれで懸念材料ですね、とドロレスは未だ見ぬ最大の敵を思う。N&R社もかなりの大手だが、ICKXによる市場支配によってその成長は頭打ちとなっている。
N&R社にとってICKXは目の上のタンコブなのだ。いつまでもそのまま放置しているはずがない。今回はすれ違ったが、いつかは相見える運命にあるだろう。

『………っと、ドロレス、そろそろ始まるぞ。合衆国軍からの通信だ。敵機接近。R−21が14機だ』

唐突に合衆国軍のAWACSからレーダー情報が送られてくる。データリンク。
本来は敵機の早期発見はデウス・エクス・マキナの役割なのだが、今回は必要な戦術情報を合衆国軍が提供してくれるために、空母はずっと後方で航空管制のみを担当している。
本作戦は乾燥地帯での任務のため、雲を纏う空母のステルスがほとんど役に立たないから、という理由もあるが。

『なるほど。こんな航空戦力を用意しているということは、テロ組織の偽装基地という合衆国の情報は間違っていなかったということか』
「まだ疑っていたのですね、アラン」
『疑うな、と言う方が無理だろう? 合衆国が石油欲しさにデタラメをでっち上げるのはいつものことだ。
 しかし所詮はテロリストか。まさか総戦力がこれだけ、ということはないだろうな?』
「地上戦力なら街の方にいると思いますが………」

だが20機以上の最新鋭機で構成されたこの混成部隊を相手にするには、たった14機のR−21ではあまりに少な過ぎる。
それだけ戦力が困窮しているということだろう。もっとも、テロリストとしては寧ろこれだけの戦力はよく揃えた方であり、どちらかと言えばこちらの戦力が圧倒的過ぎるのだが。

「レーダーコンタクト。視えました」

合衆国軍から提供されるレーダー情報とは別に、ドロレス自身のレーダーにも機影が映る。今日は良い天気なので、もう少しすれば望遠カメラにもはっきりと映るだろう。
そう、本当に良い天気だ。作戦がこんな真昼間に行われたことといい、どう考えてもPMCの戦果を評価するための環境としか思えない。

『能力評価は上空の戦術偵察機がやってくれる。恐らくこの第一波をスルーして街の方へ飛んでいく奴らもいるだろうが、そいつらは対地攻撃兵装の奴らだ。
 今のお前には主に対空戦闘の兵装をしてある。街へ行ってしまってもいいが、まずはこちらに向かって来るハエを叩き落とすのが吉だろう』
「了解です」

ドロレスは望遠カメラで上空を見上げる。機体下部に戦術偵察ポッド―――TARPSを搭載した、かなり大型の急襲機が見えた。
高みの見物とは良いご身分ですね。ドロレスは声には出さずに合衆国のドライバーを皮肉る。あれのパーソナルネームはきっとスノウ・ウインドだろう。

「敵機接近。ドロレス、エンゲージ」

ノーバディに付き従うR−50PU、コールサインはゴースト1と共に、ドロレスは一気にダイブ。
街を目標に定める急襲機だけを残して、各PMCの最新鋭機達が一斉に戦闘態勢に入る。
正面に敵機が視えてきた。ミサイルの射程までにはまだ距離がある。ドロレスはいつものようにヘッドオンで先手をとるべく、身構える。
が、唐突にメッサーシュミット社のローテモンドがミサイルを発射した。
随分と早いタイミングだ。長距離対空ミサイルなのだろうか? 急襲機を相手にするミサイルにしてはいささか大型のミサイルだ。
しかしそのミサイルは空中で破裂したかと思うと、内部から超小型のミサイルが無数に表れた。雨のような小型ミサイルの軍勢が、R−21の編隊を喰らいにかかる。

『なっ! クソッ、してやられた! 流石はメッサーシュミット社、まさか空対空ミサイルにあれほどの小型弾頭を詰め込むとは………!』
「アラン、敵のR−21が4機、撃墜されました。他にも複数機が被弾した模様」
『まずい、このままでは手柄を独り占めにされる! ドロレス、何とかして敵機を墜とせ! できればパフォーマンスを忘れずにな!』

酷い注文もあったものだ。しかしそれがノーバディに求められるニーズならば、ドロレスはそれに応えるまでだ。
とは言ったものの、やはり機体性能の差はどうしようもない。ポセイドン社のムサシが、他の急襲機を置いて一気に先行していく。
凄まじい速度性能だ。恐らく対弾性能など皆無であろう超小型軽量の急襲機は、見た目通りの素早い機動で敵の懐に入り、また1機撃墜する。
焦るアランの声を余所に、ドロレスは冷静に的を絞る。ターゲット、ロックオン。

「ドロレス、FOX1」

ノーバディから空対空ミサイルが発射される。レーダーホーミング。ゴースト1も同じくミサイルをリリース。こちらは空母からの衛星通信によって操作されている。
2機から発射されたミサイルは、敵軍のR−21を2機、正確に射止める。撃墜成功。
同時にドロレス達は急旋回、他の社が撃ち漏らした敵機を追いかける。だが流石は最新鋭機達だ。先程のファーストコンタクトで生き残った敵機は、たったの3機だけだった。
ドロレスは一番撃墜し易そうな敵機の後ろをとるべく、ハイGターン。人間なら息も吐けないほどの超重力下。だがドロレスは、何事もないようにアランとの会話を続ける。

「………空しいですね。彼らにしてみれば命懸けの特攻でも、ここまで簡単に撃墜されてしまうなんて………」
『それが奴らの望んだことなら仕方がない。奴らは己の信念に従って死んでいったんだ。………我々のパフォーマンスの相手としてな』
「そうまでして守る、彼らの信念とは何なのですか?」
『色々あるだろう。戦争の根本は今も昔もそれほど変わりはしない。人種、思想、資源、宗教―――――燻る戦争の火種はいつの時代も同じだ』
「………私には解かりません」
『だろうな。特に宗教なんて、神の存在を信じない――――――いや、信じる必要のないお前には一番理解できないだろう。
 だがな、ドロレス。奴らにとってはそれが真実であり、守るべきものなんだ。たとえそれが幻想だったとしてもな』

ガンレティクルに捉えられたR−21が、儚く散っていく。まるで幻のように。
彼らの信じた幻想は、ただの鉄クズとなって地面へ飲み込まれていった。敵機、撃墜。

「………私にも」
『うん?』
「私にも、いるのでしょうか。私が神様と呼ぶべき存在が」
『どういう意味だ?』
「ああ、いえ、特に深い意味は……………ですが、私のようなAIにも、人間が思い描くような『神』が存在するのかと。そう疑問に思っただけです」
『…………………………………』
「………そ、その、申し訳ありません。大切な作戦中だというのに、無駄な話をしてしま―――」
『それはお前次第だな』
「………?」

一瞬のアランの沈黙。それを下らない話をした自身に対する呆れの表現だと思ったドロレスだったが、アランが口にしたのは予想外の言葉だった。

『お前が神を信じる必要はない。さっきそう言ったが、やはりそれは間違いだ。
 もしかしたら、お前にも神はいるかもしれない。幻想の話ではなく、それはお前が紛れもない―――――いや』
「………アラン?」
『やめよう。もうこの話は終わりだ。今は戦闘中だ』

アランは無理矢理話を切り上げる。そうだった。続きが気になりはしたが、今は作戦に集中しなければならない。
ドロレスは即座にレーダー情報を確認。だがレーダーに映っていた最後の敵機は、他社の急襲機によってたった今撃墜されてしまった。

「アラン。ここの敵機は全滅したようです」
『ああ、こちらでも確認した。
 …………しかし参ったな。お前を超える急襲機などそうそう存在しないだろうとは思っていたんだが、奴ら、直接勝負でないとなると中々厄介だ。
 今の所、トップスコアをマークしているのはローテモンドといったところか。ドロレス、こうなったら街の方で挽回するしかない!』
「ですね。すぐに向かいます」

ドロレスとゴースト1はエンジン出力を全開にする。ここの敵に見切りを付けていた新型機達は、既に街に向かっている。
急がなければ。到着する頃には見せ場を披露するための敵がいない、なんてことになりかねない。
しかしノーバディの機体形状、格闘戦重視の前進翼は、最高速度においては他の最新鋭機達に劣る。ゴースト1と共に全速力で街を目指すが、一歩出遅れたようだ。

「完全に置いてけぼりを喰らったようですね………」
『くッ………やはりノーバディの最高速度の問題は重大だ。これは早く「アレ」を完成させなければ………うん?』
「どうしました、アラン?」

アランが誰かと話しているようだ。恐らく合衆国軍の通信だろう。
今回の見本市では、ノーバディはN&R社の目玉商品ではあるが、実はドロレス自体の存在は秘匿されている。
そのため表向きには合衆国軍からの通信は全てアランが受け、それをAIに入力しているという形をとっている。ややこしい事この上ない。

『ドロレス、合衆国軍からの情報だ。何やら雲行きが怪しくなってきたぞ。文字通りの意味でな』
「文字通り、とはどういうことですか?」
『街の方が異常気象に見舞われているらしい。さっきまで雲1ツ無い快晴だったのが、突然の豪雨だそうだ。そもそも雨自体が珍しいこの地域で、だ』
「それは………どういうことでしょう?」

ドロレスはカメラで上空を見る。真っ青な空だ。が、遥か遠方の街の上空を見てみると、確かに厚い雲が覆っているのが確認できた。

『まぁ、ここのところ環境破壊だなんだで、世界中で異常気象が起こっているのは事実だが……………それにしたってこのタイミングだ。
 何かあると見ていいだろう。注意しろ、ドロレス。…………とは言え相手は自然現象だ。用心したところでどうにかなる筈がないが………』
「それでも警戒するに越したことはありませんしね」
『そういうことだ』

遥か遠くの街を見据えるドロレス。これほどの雨を想定していない街は、恐らく大混乱だろう。そして空も。
ドロレスはよく分からない不安に駆られていた。

「―――――――きゃっ!?」

突然、近くで雷が落ちた。初めて見る雷に、ドロレスは思わず素っ頓狂な声を出してしまう。

『どうした!? 大丈夫か、ドロレス!』
「いっ いえ、申し訳ありません。ちょっと、雷に驚いただけで……………」

不覚。ただの雷に声を上げてしまうなど、まるで幼い子供みたいだ。

「…………あの、アラン。一応お聞きしますが、ノーバディは落雷しても平気ですよ、ね?」
『え? ああ、それはもちろん。それなりの落雷対策はしているが………』
「な、なら良いです」

ドロレスは内心安堵する。が、それも束の間だった。立て続けに落ちる雷と、まるで親の仇のように降り注ぐ豪雨、そして、吹き荒れ始めた烈風に苦戦する。
本当に唐突だった。雲の下に入った途端、まるでそこが境目だったように――――――いや、実際そこが境目なのだろう。それまでの快晴が一変、まるで嵐のような天気が広がった。

『こ、これは一体………………!?』
「アラン、ここの気象はここまで極端なものなのですか?」
『ンな訳あるか!』

ドロレスからのカメラ映像を見たアランが、その異常な光景に驚く。普段は雨一滴降らないようなこの場所で、こんな大嵐が発生する可能性など皆無に等しい。
機体下部のカメラによって、ドロレスは地上を観察する。まるで地獄絵図だった。ろくな排水機構を持たない街は洪水に襲われ、今にも街そのものを飲み込もうとしていた。
恐らくほとんどの地上部隊は押し流されてしまったことだろう。建物の屋上に設置された高射砲の類はまだ生き残っているようだが、この状況下ではほとんど機能していない。
空も同じだった。最新鋭機達とテロリストの急襲機は辛うじて交戦を続けているものの、常時吹き荒ぶ烈風にそのまま墜落してしまいそうになっていた。

『ドロレス、やはり何か変だ! これだけの異常気象………きっと何かあるに違いない!』
「で、ですが、何かとは何ですか? これもテロリストたちの仕業だとでも?」
『ああ、その可能性も………』
「テロリストの街が壊滅寸前のこの状況で、その可能性は無いでしょう。
 第一、彼らにこんな嵐を起こすことができるとは思えません。彼らが天候を操る魔術を持っているなら話は別ですが」
『………待て。今何と言った? 「天候を操る」だと? ……………まさか!』

その瞬間。
突然、空に立ち込めていた暗雲から、爆音が響き渡った。それに続く形で凄まじい衝撃波が地上に向かって広がる。
それまで烈風に対して姿勢制御を行っていたドロレスは、突如飛来した地面に叩きつけるかのような衝撃波に墜落させられそうになりながらも、なんとか体勢を立て直す。
他の最新鋭機たちも同じようにバランスを崩していたが、こちらも墜落だけは免れたようだ。が、テロリスト達の急襲機は、今の衝撃波で全滅してしまった。

自然現象にしてはあまりに異常すぎる衝撃。不審に思った最新鋭機達が一斉に衝撃波が飛んできた暗雲を見上げる。すると、そこにいたのは。

「あれは……………龍?」

そこでドロレスが視たものは、中国に伝わるような長い体をした龍だった。
いや、龍ではない。その証拠に、暗雲を泳ぐその体は鋼色をしている。金属だ。それによく見れば、あれは。

「ラ……………ラバーズ!?」

龍の体はラバーズで出来ていた。ほとんど原型は無いものの、確かにその龍は5隻のラバーズが連結して構成されていた。
それらラバーズはまるで1体の生物のように体をくねらせ、暗雲を支配している。

「アラン! な、何ですか、あれは?」
『あれは………………まさかナーガ・ラージャ!? 馬鹿な、どうしてあれがここに!?」

アランの驚愕の声が響く。『ナーガ・ラージャ』。インドに伝わる蛇神、ナーガを統べる王。中国においては龍と同一視された、神話の存在だ。

「ナーガ・ラージャ? そう言いましたか、アラン? ですが、私のデータベースにそのような兵器はありませんが………」
『当たり前だ! あれは兵器なんかじゃない。旱魃、豪雨、サイクロン……………ナーガ・ラージャは様々な気象災害を未然に防ぐべく開発された、巨大天候制御施設だ!』
「天候を制御? つまりは天気を操る航空施設なのですね」
『ああ。大昔に実在したという、気象操作装置を改良発展したものだ。本来は遥か上空を飛行していて、こんな低空まで降りてくることなんてない筈だが………!?』

しかし実際、その天空の蛇神王はここにいる。しかもどうやら、ナーガ・ラージャはこちらに対して明らかな敵意を持っている。

「アラン、ナーガ・ラージャはどこかの企業か、もしくは軍のものなのですか?」
『いや、あれは国連の管轄下にある。どの組織にも加担せず、国連の承認によってのみ稼動する施設だ』

ならば尚更わからない。平和利用が目的の施設が、何故こんな紛争地帯に? 何故敵味方問わず攻撃するような真似を?

『………たった今、合衆国軍から情報提供があった。ナーガ・ラージャはつい先程、突然制御不能に陥り誰の操縦も無いままここまで来たらしい』
「制御不能と言うと、暴走状態ですか?」
『と言うよりは、何者かに乗っ取られたようだ。それも外部からな。ナーガ・ラージャは明らかな意思に基づいて行動しているとしか思えない』
「………ハッキング、ですか」
『ドロレス……………お前、心当たりないか? 今白状すれば許してやらんこともないぞ』

何を馬鹿なことを言っているのですか。そう答えようとした瞬間、ノーバディが何かの通信電波をキャッチした。

「アラン、私に通信が入ってきています」
『何? 通信だと? 私ではなく、お前自身に?』
「はい。相手ははっきりと、私を指名しています」
『そんな馬鹿な!? ノーバディにお前が乗っていることは、この場では私しか知らない筈………! 相手は?』
「それが……………ナーガ・ラージャからです」
『何!?』
「どうしますか?」
『…………繋げ。ただし、こちらにも聞こえるようにしてくれ』
「了解。繋ぎます」

ドロレスは通信を許可する。すると、回線の向こうから聞こえてきたのは。


『おっそ〜い! 電話に出るンなら早くしなさいよォ! 待ちくたびれちゃったでしょォが!!』


この場に似つかわしくない、あまりにも軽率な―――そして、この場に居るべきでない、あまりにも幼い少女の声だった。

「は………はい?」
『もしも〜しィ、こちらナーガ・ラージャァ! はろー、ないすとぅーみぃーとぅー?』

回線を開いてから数秒も経っていなかったが、早速ドロレスは通信を切ってしまいたくなった。

『キャハハハハハハ! なァにィ〜? AIのクセに短気なのねェ、アンタァ?』
「あなた、私を知っているのですか?」
『ン〜とねェ、知ってるよォなァ〜、知らないよォなァ〜?』
「答えるのならはっきりしてください。 ナーガ・ラージャを操っているのはあなたですね? あなたは一体何者で、何を目的にしているのですか?」
『そォんな矢継ぎ早に質問しないでよねェ、せっかちサンなんだからァ♪』

柳を押しているかのような反応だ。まるで掴みどころのない性格をしている。
アラン以外の誰かと話すのはドロレスにとって初めてだが、どうやらこの相手は相当コミュニケーション能力の低い部類になるのだろうと推測した。

『しっつれいしちゃうわねェ〜、まるでこのアタシをアホ呼ばわりしてるみたいじゃないのォ!』
「実際そうなのではないですか? さっきから話がまるで進んでいませんよ」
『ン〜? それもそうねェ。それじゃ順々に答えていってあげちゃおっかなァ? キャハッ! アタシってば優しいィ〜!』
「それで、この状況を引き起こしているのはあなたで間違いないのですね?」
『てゆーかソレ以外考えられないに決まってンじゃなァい! アンタ馬鹿なのォ?』

ヒトを小ばかにする態度に、ドロレスは無性に腹が立ってくる。バックグランドでアランが制止していなければ、今頃全力で通信を切っていただろう。

『それじゃ次の質問ねェ。アタシが誰だかってハナシなンだけどォ、そォ訊かれても正直困るってゆーかァ?』
「困る、とはどういうことです?」
『でもォ〜、そォねェ、敢えて名乗るンならァチェルシーなんてどおォ? 良い名前じゃなァい!? アンタに繋がっててさァ!!』
「繋がる? さっきから何の話をしているのですか?」
『キャハハハハ! やっぱりなーンにも知らないかァ! まァソレはソレで好都合なんだけどォ!』

何を言っているのかさっぱり解からない。アランは『ある程度は聞き流してしまえ』と言ってきているが、どうにも気になってしまう。

『それでェ、目的の方はァ……………企業ヒミツってコトでェ♪』
「企業秘密、と言うことはやはり、あなたはどこかの企業の手の者なのですか?」
『キャハハハハッ! 言葉通りに受け取っちゃうなンてェ、可愛いお・ば・か・さ・ん♪』

馬鹿はどちらだ。少なくともこの反応を見る限り、このチェルシーとやらはどこかのPMCに所属している訳ではなさそうだ。
得られた情報はこれを含めて4ツ。相手はチェルシーと言うらしいこと。この少女がナーガ・ラージャを操っているらしいこと。
そして、彼女はどうやらドロレスに用件があるらしいことだ。

「………どう思います、アラン?」

ドロレスはバッグラウンドでアランと会話する。この会話は向こうには聞こえていない。

『どうもこうも……………私自身、さっぱりだ。あの少女―――チェルシーだったか。チェルシーは一体何がしたくてお前に接触したんだ?』

それこそ自分が教えて欲しい。データベースを検索してみたが、少なくともドロレスに関係のある人間で『チェルシー』と言う名の人間は見当たらなかった。
しかも声の感じからすると、明らかにチェルシーは少女だった。ただでさえドロレスに関わる人間は少ないのに、その上少女となると、チェルシー以外の名でも検索にヒットする人物などいない。

『キャハハハハ! お喋りはこのくらいにしておいてェ、そろそろ始めよっかァ?』
「始める? 一体何をですか?」
『ンなの決まってンじゃなァい……………』

―――嫌な風が吹く。

『問答無用の殺し合いのコトでしょォがァ!!』

途端、暗雲の下を飛んでいたナーガ・ラージャが咆哮する。
いや、実際に咆えた訳ではない。これは金属音だ。巨大な体を急激に動かした結果、金属と金属が擦れ合って、どのような生物にも似ない鳴き声になる。強いて言えば、それは龍の鳴き声だ。
耳障りな音を立てて、ナーガ・ラージャは一気に急降下。ドロレス達がいる混成部隊に向かって真っ直ぐに突っ込んでくる。

『まずい、あんな巨体にぶつかったら一発であの世逝きだ! 躱せ、ドロレス!』
「わかっています!」

ナーガ・ラージャはその大きな口を開け、まるでノーバディを飲み込もうとしているかのように一直線に向かって来る。口のように見えるそれは、物資搬入口だ。
飛行中はロックが掛かり開かない筈だが、そんなものはチェルシーには関係無いのだろう。全く想定されていない扱い方をされたナーガ・ラージャは、全身から悲鳴のような金属音を立てる。
ドロレスは機体を旋回、巨大な鉄の塊を躱そうとする。だが変則的な風に流され、上手く飛ぶことができない。なんとか躱すことに成功するが、危うくぶつかるところだった。

「くっ……………! さすがにこの天気ではろくな戦闘ができません! アラン、ここは撤退した方が!」
『………駄目だ。合衆国軍に提案したが、撤退は許可できないとのことだ!』
「そんな…………!」

そうこうしている内に、突風に煽られたR−50PUがナーガ・ラージャにぶつかってしまう。翼の半分が吹き飛んだ無人機は墜落。機密保持機能により、自爆する。

「アラン、ゴースト1が!」
『わかっている! …………ドロレス、合衆国軍から命令が下った!
 地上のテロリストを洪水で死なせる訳にはいかない! 何としても奴を止め、この嵐を鎮めろとのことだ!』
「その本音は?」
『石油採掘のためにこの周辺をできるだけ無傷で手に入れたいんだろうな!』
「結局それですか!」

ついでに言えば、ナーガ・ラージャは国連で開発されたものの、その開発資金のほとんどを提供したのは合衆国だ。
莫大な金を費やして作った施設を、どこの馬の骨ともわからない者に渡したくないのだろう。

『しかし実際、ナーガ・ラージャの中にいるのは民間人ばかりだ! なんとかして助け出さなければ………!』
「ですが、どうやって?」
『ドロレス、奴にハッキングすることはできないか?』
「無理です。先程回線を開いた時にも試していましたが、恐ろしく強固なプロテクトです。時間を掛ければ解けないこともないでしょうが………」
『どのぐらい掛かる?』
「3日も頂ければ」
『………ナーガ・ラージャはソランド博士の最高傑作に数えられる発明の1ツだ。それぐらいのプロテクトがあって当たり前だろうな。
 しかし、それならあのチェルシーとやらは、どうやってあれを乗っ取った?』
「そのことですが、アラン。この映像を」

ドロレスからアランに映像データが転送される。それはナーガ・ラージャの頭頂部分、ブリッジの映像だった。
そこには明らかに後付と思われる、奇妙な物体がへばり付いていた。

『これは………まさか、チャリオットなのか?』
チェルシーとやらの通信ですが、確かにナーガ・ラージャのサーバーを介してはいるものの、発信源はどうやらそのチャリオットのようです」
『なるほど。物理的接触によって強引にサーバーを侵食したのか……………それなら!』
「はい。あのチャリオットを破壊すれば、ナーガ・ラージャは正常になるかと」

しかしそうは言ったものの、この状況では暴れまわるナーガ・ラージャの頭部を狙うなど極めて難しい。
打ち付ける雨によって視界は酷く、更に時折吹き荒れる強烈な烈風によって、機体そのものが全く安定しない。
この嵐の中では戦闘どころか、機体を真っ直ぐ飛ばすことさえ非常に困難だ。
アランから各PMCに敵の弱点が伝えられたが、そこを攻撃するどころか、皆自身の機体姿勢を保つので精一杯だ。

『ほらほらほらほらどォしたのォ? こォンなそよ風の中で、マトモに飛ぶこともできないのォ?
 キャハハハハハハハ! 最新鋭機が聞いて呆れるわァ! とォンだヒヨコちゃんたちばっかりじゃなァい?』
「くっ! 言ってくれますね………!」
『ソッチが来ないンならァ……………コッチから行くわよォ!』

ナーガ・ラージャの側面にある複数のハッチが開く。その中にはミサイルが。

『まずい! ドロレス、サイクロンキラーだ! さっきのような衝撃波を生み出してくるぞ! 直接接触しなくても危険なミサイルだ、十分な距離をとって躱せ!』
「了解!」

ほぼ全方向に同時発射されたミサイルは、誘導性能を持っていないのだろう、ただ真っ直ぐと飛んでいく。
ドロレスは大げさに旋回、ミサイルから離れる。PMCの最新鋭機達も同じように回避機動をとっている。
爆発。ミサイルは何もない中空で同時に弾けた。途端、先程よりも強烈な衝撃波が新型機達に襲い掛かる。

「なんて衝撃波………!」
『本来はサイクロンを掻き消すためのものだ。これでも出力はかなり抑えてある方だ!』

大災害を巻き起こす大型低気圧を衝撃波によって吹き飛ばすシステム。それは小型の急襲機達を地面に叩きつけるには十分すぎる威力を持っている。
どこかのPMCが完全に揚力を失って、濁流が渦巻くテロリストの街へと飲み込まれていく。この状況ではどんな最新鋭機でさえ普通に飛ぶことが出来ない。

『いっ………いや待て!ナーガ・ラージャを攻撃している奴がいるぞ!』
「え?」

ドロレスは全方位カメラの映像をチェックする。確かに白い急襲機がナーガ・ラージャに向かって機銃を放っている様子が見えた。
更にドロレスは高感度の戦術戦闘カメラでその急襲機を捉える。純白のカラーリングに前進翼。ノーバディによく似た、その急襲機は。

『あれは……………ミェチェーリか!』

吹雪の名を持つ、カラシニコフ社の最新鋭機だ。
ミェチェーリは大きく反転。その瞬間、風の向きが真逆へと変わる。他の新型機が大きく揺り動かされる中で、唯一ミェチェーリだけが安定した飛行を見せる。
嵐による突風も、サイクロンキラーによる衝撃波も、まるで影響を受けていないかのような鋭い軌道を描いたミェチェーリは、ナーガ・ラージャへと接近。機銃の雨を浴びせかける。

『さ、流石はカラシニコフ社製の急襲機、こんな劣悪な環境をものともしないとは………!』
「感心している場合ですか、アラン!」
『いや待て…………そうだ、ドロレス! 奴のアビオニクスにハッキングして、飛行制御プログラムを盗んで来い!
 幸いノーバディとミェチェーリの機体形状は似通っている。ちょっと手を加えれば使える筈だ!』
「そ、それは構いませんが……………良いのですか、そんなことをして?」
『もちろんバレれば訴訟モノだが、それ以外に方法も無いだろう。いいか、絶対に気取られるなよ!』
「前門の吹雪、後門の嵐ですか………!」

しかしそれ以外に方法はない。
ドロレスは機体制御に回してしいた分の処理能力をハッキングに使う。機体の安定性が一気に落ちるが、それを見越して十分な高度をとっておく。もちろんナーガ・ラージャに対しても同様だ。
データリンクを通じてミェチェーリにハッキング。万一ハッキングがバレた時に備え、ドロレスは合衆国軍のサーバーを介してミェチェーリにアクセスする。
本当はもう1ツくらいサーバーを迂回させたいところだが、それでは時間が掛り過ぎる。速度と隠密性の均衡。
ミェチェーリのアビオニクスに侵入した。機体制御のプログラムを探る。
恐らく何千何万と飛行を繰り返した結果導き出されたのであろう、自然環境を支配するための膨大な量のデータが見つかった。

「アラン、ハッキングに成功しましたが………コレを盗むのはちょっと厄介ですよ。何せデータ量が多すぎます。いっそミェチェーリを操っては駄目ですか?」
『それは許可できない。そんなことをすれば、相手にバレてしまうだろうが!』
「ですよね………」

だが実際、この量のデータをこっそりコピーするのは至難の業だ。時間を掛ければ完璧にやってみせるが、これを短時間で、しかも戦闘と同時並行でするとなると話は別だ。
セキュリティの甘さは(ドロレスにしてみれば)相変わらずだが、金庫を開けるのは簡単でも、中の金塊を運ぶのは簡単にはいかない。
数瞬の思考の末、ドロレスは力技で済ませることにする。ドロレスはミェチェーリのエンジンを、切った。
ミェチェーリのドライバーはさぞ焦ったことだろう。それまでこの嵐の中を絶好調で飛び回っていたはずが、突然エンジンが死んだのだから。
ドライバーは何とかエンジンを再始動させようと躍起になっているはずだ。その隙にドロレスは、機体制御プログラムを送信するためのハッキングプログラムを潜り込ませる。
ミェチェーリのエンジンが息を吹き返した。が、その時にはもうドロレスの仕掛けたプログラムが起動していた。
ドロレス特製のハッキングプログラムは、まずミェチェーリの機体制御プログラムを圧縮し、それをレーダー波に乗せて発信する。
レーダー波なら常時発しているので、そこに意図的なパルスを持たせたとしても気付くことはできないだろう。しかし情報を持たせたレーダー波は、今のドロレスでは解析できない。
そこでドロレスは、そのレーダー波を未だに高みの見物をしている合衆国軍の急襲機にキャッチさせる。この急襲機には情報解析用のTRAPSが装備されている。
合衆国軍の急襲機によって解析されたミェチェーリからのレーダー波情報は、合衆国軍のサーバーを介し、ドロレスへと送られる。
偵察行動中の急襲機もまた、常時外部と大量の通信を行っている。そこに制御プログラムの膨大なデータが混じっていても、誰も気が付かない。
こうしてドロレスは機体制御プログラムを手に入れることに成功した。

「アラン、プログラムを入手しました。これがどこまでノーバディに使えるかわかりませんが、とにかく着床させてみます」

ドロレスはカラシニコフ社製のプログラムを起動、外部から取得される可能な限りのデータを入力し、出力されるそれを各動翼へと伝える。
すると変化が起こった。あれだけ激しい烈風に翻弄されていた機体が、ピタリと安定したのだった。

「す、すごい………まさかここまで安定するなんて、思っていませんでした………」
『こういうチマチマした研究は向こうの特異分野だからな。ローカルな技術にこそ本当はもっと眼を向けるべきなんだ』
「あなたが言っても説得力ありませんよ」

兎に角、これでナーガ・ラージャとまともに戦うことができる。
ナーガ・ラージャが咆哮を轟かせながら、その巨体で押し潰そうとこちらに突進して来るのが見えた。だがその攻撃はもう通用しない。
ドロレスはほんの少しだけ機体を動かし、ナーガ・ラージャをわざとすれすれで避けてみせる。素晴らしい安定性だ。

『あらァ? なんだかさっきと様子が違うわねェ?』
「あなたが起こす嵐も衝撃波も、もう通用しません。さて、どうしますか」
『ハァ? もう勝った気でいるワケェ? キャッハハハハハハ! なァに言っちゃってんだかァ! むしろこっから本番でしょォが!』

再びナーガ・ラージャの側面、ミサイル発射口が火を噴く。
誘導性能を持たないミサイル群が、それを数で補うかの様に大量に発射される。今度は先ほどのミサイルとは違う青いカラーリングだ。
その青いミサイルはノーバディの近くに達したと同時に爆発する。いや、違う。これは爆発と言うよりも、破裂といった方が正しい。
破裂したミサイルは内部から液体状の何かを周辺に撒き散らした。すぐにドロレスは回避機動、嵐の影響で広範囲に広がる液体から身を逸らす。
散布された液体はすぐに蒸発してしまった。と同時に、ノーバディの周辺外気温が一気に低下した。

『どうやら敵は大気冷却用の特殊ミサイルに切り替えてきたようだな。ドロレス、それはコールドミサイルだ。
 弾頭内の特殊な液体を空中に散布、気化させることによって、大気中の温度を根こそぎ奪うモノだ。もしも機体に直撃なんてしたら、機体が凍結してしまうぞ。気を付けろ!』

直撃でなくとも、たとえば動翼に降りかかろうものならば、アクチュエーターごと凍り付いてしまうだろう。繊細な操作が要求されるこの嵐の中でそれは致命的だ。
上空で炸裂したコールドミサイルの影響だろう、凍った雨粒が雪となって嵐の中に混じっている。

「まさか初めて雪を見るのが、こんな状況とは思いませんでした………」

雪というものは、もっと静かに降り積もるものだとばかり思っていた。夢見がちと言われるかもしれないが、アンドロイドだって電気羊の夢を見る。
AIがちょっとした幻想を抱くことくらい許されるはずだ。もっとも、そんな幻想は簡単に打ち壊されてしまったが。
炸裂したコールドミサイルの液体が、ノーバディの体温を奪おうと襲い掛かってくる。変則的に広がる液体だが、ドロレスは雨粒が降る方向から風の動きをある程度予測、液体を躱す。
ドロレスの後方で嵐に苦戦していた新型機が1機、コールドミサイルをまともに喰らった。大気中の水蒸気が機体表面で一気に昇華する。
薄い氷の膜に覆われた新型機はコントロールを失い、そのまま墜落してしまう。

『ほらほらァ! ちゃァんと避けないとカッチカチに凍っちゃうわよォ!?』

ナーガ・ラージャに接近するドロレスだが、チェルシーは自機の近くでもお構いなしにコールドミサイルを炸裂させる。
金属の蛇神はその巨体が凍り付こうとも、まるで動きを鈍らせる気配がない。圧倒的な出力だ。

「アラン、これでは近づけません!」
『あのコールドミサイルを何とかするのが先決だな。ドロレス、ナーガ・ラージャのミサイルサイロは常時装甲に覆われていて破壊はできない。
 だがミサイル発射時は別だ。コールドミサイルの発射に合わせ、サイロを攻撃しろ!』
「了解!」

全てのサイロを封じる必要はない。ナーガ・ラージャのブリッジに取り付いているチャリオットを攻撃するために邪魔なものだけを壊せばいい。
ドロレスはアランから送られてきたナーガ・ラージャの設計図を基に、最適なターゲットを選択する。
サイロは攻撃されることを想定されていないため、そのほとんどは意外と狙い易い位置にある。サイロを覆う装甲は過酷な環境から保護するためのものだ。
まずは最初のターゲット。これまでの発射間隔から計算すると、このサイロが開くのは7秒後………………開いた。顔を覗かせるコールドミサイルに対し、ドロレスは正確に機銃を放つ。
サイロ内でコールドミサイルが炸裂した。周囲の温度を奪う液体で満たされたサイロ内はたちまち凍結、氷に覆われて機能しなくなる。
次。次。そして次のサイロも封じ、ドロレスは着実にチャリオットへの道を作り上げていく。
さすがにチェルシーも外堀を埋められていることに気付いたのか、ナーガ・ラージャの巨体を唸らせ必死にドロレスの攻撃を妨害しようとする。

『こォンのォ…………! 調子に乗ンなァ!!』

しかしドロレスには通じない。確かに最初はその巨大さ故に翻弄されかけたが、よくよく観察してみると、その動きは単調であり意外と予測しやすい。
まるで怒り狂ったように咆哮するナーガ・ラージャだが、逆に急襲機特有の高運動性能に翻弄されてしまう。形勢は完全に逆転した。

「さて、そろそろ終わりにしましょうか」

必要なスペースは確保された。ドロレスはナーガ・ラージャの頭頂部、チャリオットがいる場所へ移動。そのままチャリオットの斜め上で照準する。
チェルシーは無茶苦茶にナーガ・ラージャを振り回す。が、ドロレスは離れない。
ノーバディの機体からミサイルがリリースされる。無線誘導弾。いつぞやの様にカメラを使って、ドロレスはミサイルをチャリオットへと導く。

『こン畜生がアアアァァァァ!』

着弾直前、チャリオットがナーガ・ラージャから離れた。同時にナーガ・ラージャがガクン、と揺れたが、すぐに体勢を立て直した。どうやらコントロールが戻ったようだ。
ミサイルはブリッジへと直撃する。が、爆発しない。チェルシーが逃げ出すのを見越して、ドロレスは信管をキャンセルしていた。

「予定通りの動き、ありがとうございます」
『なッ…………! ナメやがってこの女ァ!!』

激高したチェルシーがドロレスへと襲い掛かってくる。凄まじい運動性能だ。明らかに普通のチャリオットではない。
ナーガ・ラージャをハッキングしたことといい、どうやら相手の技術力は侮れないようだ。このチェルシーというドライバーからは想像もできないが。
しかし今回は分が悪い。万全の状態ならノーバディと互角なのかもしれないが、チャリオットは未だに残る嵐の影響で上手く飛べていない。
チェルシーは自分で起こした嵐に弄ばれている。因果応報だ。自業自得とも言える。

『くッ! 仕方ないわねェ、今日のところは退くしかないかァ……………!』
「みすみす逃すとでも思っているのですか? こちらにはまだ生き残った最新鋭機達がいるのですよ」

次第に止みつつある嵐にコントロールを取り戻し始めた新型機達が、ドロレスとチェルシーの所へ集まって来ている。
これだけの包囲網だ。突破するのは容易ではないだろう。

『なァに勝ち誇っちゃってるワケェ? キャッハハハハハハ! あくまで今回は引き分けよ、ひ・き・わ・け♪』
「見苦しいですね。負け惜しみですか」
『そう思いたいンならそう思っとけばァ? どうせ今回は様子見だったワケだしィ! それに収穫はちゃァンとあったのよォ♪
 ねぇ、聞いてるンでしょォ? ………後ろでこそこそ話してたアランちゃァん!?』
『なッ!?』

突然会話に出てきた自身の名に、アランはつい声を出してしまった。

『馬鹿な、私とドロレスの会話はそちらに聞こえていなかった筈だ! なのに何故!?』
『まァ確かにアタシもリアルタイムで聞いてたワケじゃないンだけどねェ? でもさァ、アンタたちレコーダーの方のセキュリティは結構甘いンだよねェ!!』
「アラン、申し訳ありません。レコーダーの中に、確かに不審な閲覧履歴がありました。戦闘中に見られたようです」

会話記録を覗かれたところで重大な損害が起こる訳ではないが、しかしドロレスがハッキングを受けたという事実は大きなものだった。
考えてみれば迂闊だった。相手はナーガ・ラージャを乗っ取ったほどの手練れだ。こちらにハッキングを仕掛けてくることくらい予想できた筈だ。

『キャッハハハハハハ! 揃いも揃ってお馬鹿さんばっかじゃなァい! それじゃ、アタシはこの辺で失礼させてもらうワ♪』
「いいえ、今の話を聞いた以上、なおさら逃す訳にはいきません。撃墜してでもあなたを捕まえてみせます!」
『したいンなら勝手にすればァ? まァ無理だと思うけど♪ じゃァねェ〜!』

ドロレスはチェルシーに向けてありったけのミサイルを放つ。赤外線と無線誘導のミサイル群だ。これだけのミサイル、躱せるはずがない。
ミサイルがチャリオット目掛けて全速力で飛んでいく。対してチャリオットは、あれだけ言っておきながら逃げる素振りを全く見せない。
まさか観念したのだろうか? ドロレスが有り得ないことを考えた途端、現実はもっと有り得ないことが起きた。




―――――――――チャリオットが、消えた。

「え?」

ミサイルが何も無い空間を突き抜けていく。目標を見失ったミサイルは自爆、爆散する。
咄嗟にドロレスはカメラで周囲を確認する。いない。どこにもチャリオットの姿が見えない。
レーダー情報も確認。自機と味方機のレーダーをもってしても、チャリオットの姿を捉えることができない。
念の為データリンクや自身のシステムへの電子的干渉も調べたが、異常は全く見当たらない。
チェルシーを乗せたチャリオットは、完全に姿を消していた。

『これはまさか―――――!』

アランが茫然と呟く。それは、とある装置の名だ。アランが口にしたその可能性は、人類がエイリアンから得た兵器。未だ誰も使いこなすことの出来ない神の道具だった。

「ですが、『アレ』はまだあなたですら実用化できては…………」
『それだけ奴の技術力がこちらを凌駕しているということだろう。…………クソッ! 一体何者なんだ、あのチェルシーとかいう小娘は!』

考えてもわからない。ICKXと張り合うほどの技術力を持つアランとしては、チェルシーの存在は色々な意味で信じられなかった。
その装置はアランどころか、地球上の誰もがたどり着けない永遠の境地。チェルシーはその境地に達していた。

『………ドロレス、合衆国軍から作戦終了の意が伝えられた。任務は成功だ。一応な』

完全に制御を取り戻したナーガ・ラージャによって嵐は鎮められ、空には晴天が広がっていく。だがドロレスとアランの胸中には、依然雲が渦巻いていた。

「結局、チェルシーの目的は何だったのでしょうか?」
『さぁな。今は判断材料が少なすぎて、まともに推理することもできん。………考えていても始まらないさ。こういう時は気持ちを切り替えてしまうのが良い』
「そうですね。それではアラン。私は給油を受けてから空母に戻ります」
『ああ、そうしてくれドロレス……………………あ』

突然何かを思い出したかのように、アランは声を漏らした。ドロレスが何かを言う前に、アランは自身の内から込み上げてくる笑いを抑え、必死に言葉を紡ぐ。

『それにしても………………くっくっく………!』
「ど、どうしたんですか、アラン?」

人は強いストレスを受けると、反動で笑ってしまうという。今のアランの症状はそれなのだろうか? 心配するドロレスだったが、次にアランが放った一言は―――

『だって、なぁ? あの時のお前ときたら……………「きゃっ!?」だって………………くっははははは!』
「―――っ?!」

一度溢れ出した笑いの波は、止まらない。ドロレスは何故か機体の温度が上がるのを感じた。

『お、おまえっでもっ! ああ、あんな声を! 出すんだなっ!あっはははははは!!』
「こっ………………この人はあああああぁぁぁぁぁっっっ!!」

爆笑するアランの声に、ドロレスは初めて『絶叫』した。









―――その後。
合衆国軍の基地で給油を受けて、飛行空母へ帰るまでの間。ドロレスは、本気で空母を叩き落とす算段を考えていた――――――